我々霊長類には、単なる『栄養源補給』としてではない『食肉文化』があるようだ。尚、今回『肉』というのは『哺乳類の肉』を指すことにする。

立花隆氏の名著『サル学の現在』でも紹介されているが、「チンパンジーやある種のサルにとって、肉を食べるという行為と『集団的興奮』との間には強い関係性がある」という学説がある。

立花氏の著作では『子殺し』における食肉を論じているので(※)、全ての食肉が集団興奮と関連性を持つのかは不明だが、“ 前のツガイとの間の子を殺し、その肉を群れ全体で食すことで、群れ全体が興奮状態になるり、その事がその群れの結びつきを強化する” という説が書かれている。

※チンパンジーやある種のサルは、子を殺し、集団で興奮状態になりながらその肉を食すというカニバリズム的な振る舞いをする。詳しくは著書を読んでください。

一番興奮するのがステーキだと思う

細かくカットすると興奮度合いが薄くなる

実際にボクも、肉を食べることで身体が火照り、精神が高揚するというのは何度も体験している。また仲間内で肉を食べることで連帯感が増すというのも同様だ。

そういうことからも、肉にはなんらかの魔力があると感じている。 肉を食べたくなる理由は単に「美味しいから」「お腹が減ったから」という理由とは別のなにかがあると思うのだ。

内蔵も興奮度が高いと思う

やっぱりステーキは偉大だ

肉を食べるという行為は「他の生物の生命を食らう」ということに他ならない。 もちろん植物を食べようが魚を食べようが、それは同じなのだが、我々と「近隣の種」である哺乳類の肉を食べるという行為には、他の食物を食べることとは違った、なにか特別な意味がありそうな気がするの。

もしかしたら、肉を食べるという行為が我々のDNAに刻み込まれた 「子を殺し、その肉を食らう」という罪の意識を目覚めさせるのではないだろうか。

そして快楽は、罪の意識の中にこそ存在するのだ。だから肉を食べることで幸福感を得られるのではないか? そんな気がしてならない。

人類の原罪の法則: 肉を食べることによってDNAに刻まれた罪の意識が目覚め、それにより人は快楽を得る。

揚げ物には興奮度は無い

やはり料理すると興奮度が薄くなる