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昭和30年代以前に生まれた人には説明は要らないだろうが、 このタイトルは1970年に開催された大阪万博のスローガンだ。

大阪万博が開催された頃は「科学技術の進歩により 我々の生活が向上され、 さらに、人我々そのものも進歩していくんだ」という雰囲気が漂う、実に前向きな時代だった 。

しかしその直後、「進歩」の陰で公害問題も頻発するようになる。 つまり科学技術発展の暗黒面もクローズアップされ始めた時代だったと言えるだろう。

有機水銀を含む廃液を海に流したり、鉱山の精錬現場からカドミウムを含んだ水を排出したり、 コンビナートから亜硫酸ガスを大量に排出したりといった、 無知で無配慮な行為が、人類にこれまでにない脅威と被害をもたらすことになったのだ。

「後先の事を考えずに、ただ安易に便利さだけを追求し、 自分たちで処理しきれないような方法で科学を利用しようとするからこうなるんだ」 「そんなことも考えられない大人たちは、どうしようもない馬鹿ばっかりだ」と、 ボクをはじめ当時の子供たちは、皆そう考えていたと思う。

そして、70年代の半ばにはオイルショックが起きた。 科学技術ばかりではなく、経済の進歩も実に簡単に崩れ去るんだということを痛感させらたわけだ。

トイレットペーパーが無くなるというデマが流れ、 おばさん達がこぞって『買占め』を行う姿がテレビで取り上げられた。 テレビ画面でそんなニュースを眺めならが、それが実に自分勝手で品の無い行為であるか、 実に社会に悪影響を与える行為であるか、 ボクたち当時の子供たちは皆 「ああいう大人はダメだ」 と、フンガイしていた。

ボクはかなりクソ生意気な子供だったので 「今の時代がダメなのは、オジサン、オバサンたちが戦後、キチンとした教育を受けてこれなかったせいだ」だから「今の大人が年老いて社会から消え去れば、日本はもっとマシになる」と思っていたのだ。

大人を完全に否定し、小馬鹿にさえしていた。今思うと、救いようのないガキだったわけだが。

当時の大人たちは今ではほとんど社会をリタイアしただろう。 で、今の世の中はどうなったのだろう? 人類は進歩して調和したのだろうか? 自分たちで手に負えないような科学技術を使い、生命や環境に被害を与えるようなことは無くなったのだろうか? 自分のことばかりを考えてトイレットペーパーを買い占めるような、醜い大人たちは消えたのだろうか?

クソ生意気なガキの頃のボクは、東日本大震災の直後、 福島原発からの放射能の数値が映し出されるwebサイトを眺めビクついたり、 我が家の残り少ないトイレットペーパーを気にしながら近所のスーパーを探し回るだけの今のボクを どう見るのだろうか?

人類の進歩と調和、うーむ、実に考えさせる言葉だ。

人類の進歩と調和の法則: 人間一人ひとりが進歩しないと、その集合体である人類は当然進歩なんてできるはずがない。