【1963年公開の東宝映画】

監督 本多猪四郎、特技監督 円谷英二という『ゴジラ・巨匠コンビ』による『マタンゴ』と いう映画がある。ボクが赤ん坊の頃の公開なのだが、 リバイバル上映やテレビ上映も結構されておりDVDも出ているので、 ボクより若い世代の人たちにも(こういう映画のファンならば♪)、 かなり有名な映画だと思う。

ストーリーは、金持ちのボンボンたちと女性二人がヨットに乗って調子こいてクルージングしているときに 嵐に遭遇し無人島にたどり着いてしまうという流れで進んでい行く。

その島には食べるものがほとんどなく、唯一キノコ(『マタンゴ』と命名された) だけはたくさんあるのだが、そのキノコを食べると精神が犯され、 最終的には姿かたちもバケモノ(キノコ人間?)になってしまうのだ。

少ない食料や女性を巡っての男達の争いや、 『マタンゴ』を食べれば空腹は癒されるけど、バケモノになってしまうという葛藤が描かれていて、 人間ドラマ風味も漂うホラー作品となっている。

【快楽に身を任せるべきか?】

今、空腹と絶望感で気が変になりそうな状況に陥っていて、 まわりには美味しそうなキノコ(『マタンゴ』)がたくさんある。 そして、『マタンゴ』を食べた人たちは食欲を満たされ、 まるで何の悩みも無いかのごとく 実に幸福そうに笑っているという状況に追いやられたとする。

しかも傍らには、「おいしいわぁ」つぶやくきながら 美味しそうに『マタンゴ』を食べる妖艶な水野久美がいるのだ。

(この場面は日本映画史上、最高にエロいシーンだと思う♪)

食欲も性欲も押さえつけられた極限状態の中、ボクはどうするだろう?

『マタンゴ』を食べれば食欲は満たされるが、確実に精神を犯され、 直ぐに姿かたちもバケモノになってしまうことを、ボクは知っているのだから。

【それは堕落だったのか?】

しかし、『生物は、環境の変化に応じて 自らの精神構造や肉体構造を変化させていくことによって、生存の可能性を高めていくのだから、 マタンゴを食べて精神や肉体を変化させていく方が、自然の摂理に合っている』 という考えはできないだろうか?

脱出不可能なこの島で生存するためには、 この『精神構造と肉体構造の変化』は必須であり、『堕落』などではなく、むしろこれは『環境への適合』だったのではないか?

【マタンゴはなんの象徴だったのか?】

『精神と肉体の変化』は ボクたち日本人にも、ここ100年ぐらいの間に普通に起きている。 でも、それを『堕落』と捉える人は(昔はいたかもしれないが)いないだろう。

多くの場合その変化は『進歩』と呼ばれている。

そして『堕落』と捉えるのか『進歩』と捉えるのかは、 『その変化』を遂げた人の『数』の問題のような気がする。

たくさんの人が『その変化』を遂げていれば、それは『進歩』と捉えられるし、 わずかの人しか『その変化』を遂げていなければ、『堕落』と評されるのだろう。

『その変化』を引き起こす原因を『マタンゴ』と呼ぶとしたら、 ボクたちの精神や肉体を、ここ100年で変化させた『マタンゴ』はなんだったのだろう?  そしてその『マタンゴ』を妖しく勧めた『水野久美』とはなんだったのでしょうか?

マタンゴの法則: 自分を変化させるモノ・コトに対して、人は恐怖とともに妖艶さを感じてしまう。