【仏教を支えたのは誰だったのか】

仏像の中には『鬼てきな何か』を踏み潰しているものが多い、また上の写真のように仏像そのものを支えている『鬼てきな何か』もいる。

彼ら『鬼てきな何か』は、当時権力を振るっていた仏教勢力によって「排他された他宗教の象徴」のようでもあるが、実は「仏教そのものを支えていた存在の象徴」なんじゃないのかとも思えてくる。

仏教伝来後、仏教を利用して民衆を支配し始めた権力者。豪華な仏像は、まさに彼ら民衆の血と汗と涙でできているのだ。

『鬼てきな何か』は、そうした民衆の象徴だとしたら、なぜわざわざ鬼の姿をさせたのだろうか。

【なんのために造られたのか】

この『鬼てきな何か』だが、 これは、仏像を造れと命令した権力者の意思で造られたのだろうか? それとも、権力者から仏像を造れと命じられた職人が、 皮肉を込めて『仏像建立のための重税に苦しむ民衆の象徴』として造ったのだろうか?

ボクは、意外と権力者がこれら『鬼てきな何か』を造り出したんじゃないかと、思っている。

権力者が「重税に苦しむ民衆」を『鬼てきな何か』として表現することで、「民衆の怨念を霊的に昇華させよう」としていたような気がしてならないのだ。

別の角度から見れば、『民の苦悩や権力者に対する怒り』を『醜い鬼』として表現することで、『権力者自身が民に対して感じている罪悪感』を払拭したかったのかもしれない。

興福寺の『天灯鬼像』と『竜灯鬼像』。彼等のカッコ良さには目を見張るものがある!

【いつの時代にも階級闘争はある】

しかし皮肉なもので、権力者が『民衆の怒り』を昇華させようとして造った『鬼てきな何か』が、時代を超えてプロレタリアートたちの『権力者に対する闘争心』を刺激してきたのも事実だろう。

上の『天灯鬼像』と『竜灯鬼像』を見て欲しい。まさに『鬼てきな何か』が『主役』を張っているのだ!

普段なら四天王などに踏みつけられている彼らだが、このときばかりはなんとカッコ良いことか!

彼らを見ていると、ボクの魂がメラメラと燃え上がってくるのだよ♪

鬼てきな何かの法則: 過去の階級闘争の象徴が、現在の人間の反骨精神に火をつけることもある。