【肉食系の法則】

『肉食系』『草食系』という言葉が本来の意味ではなく、人の性格を選別するために使用されて久しいが、ボクはこのこのような使い方を今もって、まったく理解できていない。

この選別の根底にあるのは『異性に対する積極性』ということだと聞いた。ぶっちゃけて言えば「精力が旺盛かどうか」ということだろうか?。しかし、それと『肉食系』・『草食系』という表現とはどんな関係があるのだろうか。

ボクは頑固でヒネクレ者でおまけに理系おやじなので、このような「いかにも文系の広告代理店マンがつくった言葉」に対して、本能的に拒否反応を示してしまうのだ。

ボクのようなものが女性について語るなど言語道断なので、これから先は男性つまりオスについてのみ考えることにする。

まず「そのオスの精力が旺盛かどうか」を測るファクターとして、「その生物どういう社会を形成するか(一夫一妻か、一夫多妻か、一妻多夫か、乱交型など)」ということと「一匹のオスが生涯に平均してどれだけの子供(または卵)をメスに生ませるか」を揚げてみる。

これらのファクターは、その生物が『肉食系』か『草食系』か、つまり主になにを食べているかということと果たして関係あるのだろうか? ま、すぐに解ることだか、まったく関係ない。

草食である鹿は一匹のオスに数十匹のメスという巨大なハーレムをつくるし、虎のように小規模単位での行動をメインとする肉食動物もいる。

また、子供の数・卵の数は、その種が食物連鎖のどの位置にいるかによって通常は決まるといわれている。つまり「他の種のエサになる種は子供や卵を沢山産む」というわけだ。なのでどちらかといえば草食動物の方が子沢山である。そういうことからも『精力旺盛の輩』を『肉食系』と呼ぶことには納得がいかない。

別の解釈で『肉食系』『草食系』という言葉は『外界に対する積極性』を表わすものだと、ある作家センセイが書かれていた。つまり「肉食系とは外界に対して積極的な存在」であるらしい。

『外界に対する積極性』とは『好奇心』に他ならないし、『好奇心』こそが我々人類を進化させた重要なファクターだと思う。なぜなら、そもそも野生動物のほとんどは自分の縄張りをもち、そこから安易に出たりはしない。自分の縄張りの中は外界に比べ遥かに『安全』だからだ。

にも関わらず、我々の祖先においては『安全』よりも『好奇心』が上回り、安住の樹上生活を捨てて未知なる平野へとその活動の場を変えていき、その結果我々は進化していったのだ。(野生生物が、生活場所を変える要因としては、環境変化によりエサとなる存在が減少した場合が一般的であり、必ずしも『知的好奇心』と言えるかどうかは微妙であるが、「エサを求めて新しい場所へ移動する」という行為も、一種の『知的好奇心』だと捉えられなくもないと思う)

そう、『好奇心』こそが我々の進化の引金であり、その後に生まれる『知性』や『理性』の根源なのだ。

この考えを更に進めると、『肉食系』=『知性的・理性的な人』ということになるのだが、どうも世間で言われる『肉食系』の輩というのが、知性的・理性的な人とはかけ離れているような気がしてならない。

世間で『肉食系』と言われている輩のイメージというのは、冬でも日焼けサロンに通い真っ黒で、シャツの胸を大きくはだけて、ジャラジャラとネックレスをぶら下げて・・・、という感じで、とてもじゃないが、知性とか理性とかと縁遠いものだ。(ま、ボクの偏見かもしれないが)

そのようなわけで、やっぱりボクは『肉食系』『草食系』という選別表現がよくわからない。

ボクは『人類の原罪の法則』で人類における食肉の意味のようなものを書いたが、その理論で言うと肉食系とは『深層心理にある罪の意識を励起させることで快楽を得ようとする人たち』ということになる。なんか、こっちの方がボク的にはアリのような気がするが、どうでしょう?

肉食系の法則: 肉食系とは『深層心理にある罪の意識を励起させることで快楽を得ようとする人たち』と定義する。