【贋作とレプリカの法則】

金印を手に入れた。黄金色に輝き『漢委奴國王』(読み方に諸説はあるが『かんのわのなのこくおう』と読むのが主流のようです)と掘られた縦横約2センチ3ミリの金印だ。もちろん『あの金印』のレプリカなのだが、これが実に良くできているのだ。

それもそのはず。これは本物の『あの金印』を所蔵する福岡市博物館の学芸員が、その名誉と誇りをかけて監修したレプリカなのだから。(この博物館は金印のレプリカを通販をしてくれるのです!)

蛇を表した鈕(チュウ:要はツマミ)に掘り込まれた『魚子鏨』(ナナコタガネ:読めるかよこんな字)の文様や、漢委奴國王の文字の掘り込みの鋭さからは、問答無用の厳格さが伝わってくる。色合いや輝き具合も黄金そのものだし、重さもズシリとしてるのだ。

もしかしたら、福岡市博物館のグッズ販売担当者が悪ふざけで本物をボクに送ってきたのかも? いやいや、そんなことは絶対に無い。博物館職員の名誉のためにも、ボクの持っている金印はニセモノであると明言しておこう。

本物の漢委奴國王の金印は、江戸時代に博多湾に突き出た志賀島の田んぼから出てきたと言われており、そしてこの金印は『後漢書』東夷伝に書かれた「建武中元二年(57年)光武帝に倭奴国から使者がやってきたときに授けられた」ものだと解釈されているらしい。

この時代はいわゆる『女王ヒミコ』の時代(170年頃‐249年頃)よりも150年ぐらい前のことだ! いったいその時代の王って誰なんだろう。学校ではそんなこと教えてくれなかったなぁ。

安彦良和の『ナムジ』を読み返して見ても、奴国に関してはニニギがナムジ(オオクニヌシのミコト)へ語りかける「かつて存在した国で、奴の津(博多湾か?)を利して貿易をして栄え、大国から倭の島の王と認める黄金の印を受けた」という旨の台詞があるだけだ。

余談だがこの『ナムジ』と続編の『神武』は“日本古代史で遊ぶ”ときに実に役に立つ。これらと日本書紀や古事記を読み比べると実に楽しいのだ。

それはさておき、そもそも『委奴国』を「わのなのこく」、つまり「倭国の奴という国」と読むのかどうかも怪しいらしいのだ。「いよのくに」、つまり『伊都の国』(伊都国は卑弥呼の時代の魏志倭人伝に出てくる国:福岡県糸島市にあったらしい)と読むという説もあるのだとか。

さらには、この『本物の』金印自体が贋物であるという説まであるのだ。福岡市博物館のサイトでは「金印贋作説に終止符が打たれた」と書かれていましたが、実際はそんなに簡単なものではないらしい。

気になったので幻冬舎から出ている『金印偽造事件(三浦佑之 著)』という本をamazonで買って読んでみたのだ。金印レプリカのおかげでいろいろと遊べて楽しいったらありゃしない♪

この本には「何故、志賀島のような場所で発見されたのか?」から始まり「鈕の蛇のデザインが漢委奴國王金印より160年以上前に作られたと?王之印より稚拙である」「漢委奴國王金印より1年後に作られた廣陵王璽は鈕と本体とが別々に鋳造し、後で一体化するという製造法なのに、漢委奴國王金印は鈕と本体とを一体鋳造で製作するという最新の技術が使われている」などなど実に面白い内容が書かれていた。

つまり、ボクが入手した金印は明らかに『ニセモノ』なのですが、本物自体も贋物である可能性があるということだ。ということはその場合、ボクの金印は『贋物のニセモノ』ということになるわけだ。

マイナスかけるマイナスがプラスであるのは自明なので、ということは、『贋物のニセモノ』とはある意味『ホンモノ』と言えるのではないだろうか?

なんてことを考えながら、金印を眺めて飲む酒は実に旨い! いつか福岡市博物館の『本物』を見てみたい。

贋作とレプリカの法則: 歴史を肴に呑む酒は実に美味い。