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『自然薯』は本来“ちょっと裏の畑から掘り起こしてくる”ものであり、『ご飯部分』も麦飯で、これも某総理大臣の迷言「貧乏人は麦を食え」で象徴されるような食材だったわけです。

ようはチープな食材でできている料理なのですが、時が移り、人々の脳裏の『とろろ汁』の位置付けにパラダイムシフトが起きたのです!





【『とろろ汁』は不思議です】




そんな感じの『とろろ汁』なのですが、昨今では、グルメブームや健康ブームのあおりか、洒落たグルメ雑誌で“敷居が高い店の名物メニュー”として紹介されるようになってきたわけです。

ま、ボクとしてはそんな店に行く気はしませんねぇ。 で、「よし、自分で作ってみるか」と思って、なんどかチャレンジしたのですが、かなり手間がかかる料理であると同時に、いつも自分の思いと大きく隔たりのあるものしか作れなかったのです。

とても身近なものに見えるのに、手を伸ばすと果てしなく遠くにあるような料理なのです。 そう、『とろろ汁』はとても不思議なのです。

Tororo-Jiru is very mysterious.

で、静岡近辺をドライブしているときに上の写真の店を見つけましたのです。もう、喜び勇んで暖簾をくぐったのは言うまでもありません。

さすが『とろろ汁』を看板に出している、良い感じの店構えの店です。その味もサービスも店の雰囲気も“まさにとろろ汁、これぞとろろ汁”という感じでしたよ!

【旅人が歌人が、そして妖怪が食べて精をつけた『とろろ汁』】


この店がある丸子(当時は『鞠子』)という土地は古くから宿場町のひとつで、難所である『宇津ノ谷』の手前ということもあり、ここで“とろろ汁を食べて精がつけてから峠を目指す”という感じだったようです。

松尾芭蕉も「梅わかな 丸子の宿の とろろ汁」と詠んでいたり、 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』でも“、宿屋の夫婦が喧嘩をして、とろろ汁の入った鉢をこぼしてしまい、ヤジさんキタさんがとろろ汁にありつけなかった”というシーンがでてきます。

ちなみに安藤広重の『東海道五十三次』の『鞠子』の版画では丁子屋が描かれ、 “とろろ汁にありつけなかったヤジさんキタさん”に対する愛情なのか、“とろろ汁を食べているヤジさんキタさん風の二人組み”が描かれています。

また、ボクの持っている水木しげる先生の 『妖怪道五十三次』 では、鬼太郎とネズミ男と思われる二人組みが、『ろくろ首』の売り子が働く店(おそらく『丁子屋』か?)で『とろろ汁』を食べている絵が描かれています。

どうやら丸子は江戸時代の前から、老若男女、魑魅魍魎の隔たりなく“とろろ汁の街”として愛されていたようです♪

もちろん実際の『丁子屋』には『ろくろ首』などいませんでした♪



参考サイト: 「とろろ汁」丁子屋のサイト
Restrant Chouji-ya

同じく丸子の名物『世界一大きい鯛焼き』のページ(けさらんぱさらん研究所ファイル)
KesaranPasaranLab Files




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世界一大きい鯛焼き
「けさらんぱさらん」は「理系おやじ」のための「不思議発見」サイトです。ビワの木に生息する謎の生き物「ケサランパサラン」についての研究論文(笑)も掲載されています。