【活や煮よりも釜飯なのだ】

最近『生』よりも『火を通したもの』が好きになってきた。その極みがこの『あわび釜飯』なのだと思う。

『活あわび』や『煮あわび』も、もちろん美味いのだが、釜炊きすることで味わいが増し、ご飯との相互作用も相まって、まさに至高の料理になる。

しかも錦糸卵と青海苔とニンジンとが醸し出す美しき世界観。どうですかぁ、凄いでしょ!

これがお店の全景

値段的には『B級』ではないが・・

【『あわび釜飯』は“大人のいいおんな”】

この『あわび釜飯』を喰ったら『活あわび』など“ただ若いだけの小娘”だし、『煮あわび』など“気のいいオバサン”みたいなものだと気づくはず。

『あわび釜飯』こそ、上品さとエロさとを兼ね揃え、時に愛らしく、時にしたたかな、かと思えば意外と家庭的だったりする、そんな“大人のいいおんな”だったりするのだ。

そしてそんなことを理解できるのも、やはり痛風に悩まされながら50歳を超えて生きてきた大人の男ならでわのこと。

と、なんだか解らないことを言いたくなるぐらい美味い釜飯だった♪

しかもなんと、店のご主人自らが店の前の海に潜り採集した『あわび』を使って調理しているのだ。どうですかぁ、凄いでしょ!

ご主人はこの海から『あわび』を採ってくるのだ。

【『あわび』で想う環境保全】

大変美味い『あわび釜飯』だったが、店のご主人は「最近『あわび』が小さくなり、収穫量も落ちてきている」と嘆いており、そしてその理由を『山が枯れてきたから』と、実に興味深い分析をされていた。

日本においては生活圏に面した山や森はすべて、焚き木取りや山菜の収穫など『人間が係わる事で作り上げてきた二次森林』だ。ゆえに、余分なツルや下草などが取り除かれ、広葉樹と針葉樹とが共存した環境が構築されてきたのだ。

それが近年、山で生活する人が激減し、千葉の山でも 『下草が伸び放題で木々の幹も細く、ツタが絡みあった鬱蒼とした森林』が目立ってきているのだとか。このご主人はそういう森林の状態を『山が枯れてきた』と表現されているのだ。

『山が枯れてくる』と『海へ流れ込む水の質』も変化し、『あわび』の収穫に悪影響を与えているというのが、ご主人の考えだ。つまり、美味い『あわび』を食べ続けようと思ったら、まずは山を整備する必要があるということだ。

これは『あわび』に限ったことでは無いだろう。全ての生物は皆、自然環境の賜物なのだから。よりよい生活を続けていくためには、ボクらはもっと総合的に自然環境を考えていく必要があるということだ。

ここの『あわび釜飯』は美味いだけでなくて、いろいろと考えさせてくれる。どうですかぁ、凄いでしょ!

『あわび』の貝殻ってかなりデカイ。