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江戸時代、死刑囚の刑場があった小塚原と鈴が森付近には、今でも当時を思わせる神社や碑が残されていて、東京散歩ファンには重要なスポットとなっています。

今回紹介するのは、解体新書の発刊を記念して作られた 『観臓記念碑』 です。ネーミングだけでなく、展示されているレリーフから判る解体新書の構図が実に面白いのです。




【 『解体新書の表紙』 と 『ワルエルダ解剖書の表紙』 とを比較してみる 】

向って左が「ワルエルダ解剖書」の表紙で、右が「解体新書」の表紙を象った観臓記念碑のレリーフです。



『解体新書』はご存知の通り、オランダ語で書かれた『ターヘル・アナトミア』を杉田玄白・前野良沢らによって翻訳された本です。その経緯や内容については wikipedia などに詳しい説明が掲載されていますので割愛しますが、なぜかその表紙は『ターヘル・アナトミア』のものではなく、『ワルエルダ解剖書』をモチーフにしたデザインが使われています。

解体新書の表紙の下部には『天眞楼』と書かれており、これは杉田玄白が主催する私塾の名称であるので、『解体新書』にこの表紙を選んだのは杉田玄白ではないかと言われています。では、何故、玄白は『ワルエルダ解剖書』の表紙をモチーフにしたデザインを『解体新書』の表紙に用いたのでしょうか?

それに関しては 「杉田玄白はキリシタンであったため、アダムとイブを描いた『聖書を匂わせるデザイン』を採用した」 などの説があるようですが、めんどくさいのでここでは触れません。ご興味ある方は調べてみてください。

『解体新書』の表紙のデザインは『ワルエルダ解剖書』のそれと基本的な構成は同じです。背景はともに教会を意味し、裸体の男女はアダムとイブを、下の髑髏は死を、髑髏にまとわり付く蛇は知恵を意味しているとのことです。

最初に断っておきますが、ボクは「アダムがイブにリンゴを渡そうとしている図柄は 『この本が人類に新たな知恵を授けるということの象徴になっている』のだ」 とか、 そういうことをここで言うつもりはありません。

ボクが言いたいことを述べる前に、まず、上の二つの表紙の絵のそれぞれの拡大図を下に掲載してみます。



そうなのです! 本家のワルエルダ解剖書では、アダムもイブもリンゴを食べる前なので当然『性に関する羞恥心は無い』状態ですので、2人とも平気で下半身を露にしているのです。

それに引き換え『解体新書』の表紙では、どういうわけか、 アダムは花のようなもので股間を隠しているし、イブも髪の毛で大切な場所を隠しているではありませんかっ!

【 二つの表紙画によって再認識されたこと 】

「リンゴを食べる前なのに、アダムとイブに羞恥心があったような描き方をしたいる」のは、 『当時の日本がアダムとイブの神話を理解していなかった』 とか、『あえて別の解釈をうながすための施策である』 とか、そういうことではないのだと思うのです。

これぞまさに 『日本の奥ゆかしさの現れ』 に違いありません。

たとえ医学書とはいえ、性器をあらわにするなんてとんでもない、という感覚が当時の日本にはあったのでしょう。しかも当時の印刷は 木を掘って作る版画だったので、あの部分を明確にノミで掘っていくなんて、そんなこと、奥ゆかしい日本人にできるわけなかったのです。

これからみても、解体新書は単なる『翻訳本』ではない、日本独自の解釈で書かれた医学書であることが解るというものです。はい、わかりますとも。

そして、今回の結論なのですが、ボクとしては 『男性は堂々と股間を出しているほうがイケている』 が、しかし反対に 『女性の場合は圧倒的に“隠した方が”グッとくる』 ということが解った、ということです。

※(筆者注)『ワルエルダ解剖書』も『解体新書』も、読者を“グッとこさせる”ことを目的に書かれた本ではありません。

股間を花で隠しているアダムって、なんとも女々しい感じがする反面、本家『ワルエルダ解剖書』の“ミスター・アダム”は実に雄雄しいではありませんか! 

そして『ワルエルダ解剖書』で股間を大胆に露出しているイブは、いわゆる「大胆で健康的なセクシー路線」を走っており、ボクは全く興味が湧かないのです。

やはり女性の場合は、 『隠匿された罪悪感をともなう淫靡な雰囲気』 を醸し出していただきたいものです。

というようなことを『解体新書』の表紙から再認識させていただきました。

【他にもいろいろと見るべきものがあります】



江戸時代に実在したらしい侠客「片腕の喜三郎」の墓



『小塚原刑場』で処刑された罪人を供養するために建てられた『首切り地蔵』。


まず左上の写真は『腕の喜三郎』の墓です。彼は江戸時代に実在した人で、喧嘩で自分の片腕を物凄く切られてしまった時に、「見苦しいから」と、子分にその腕を切り落とさせたという、凄まじい伝説が残っている侠客らしいです。

南千住回向院には他にも、安政の大獄により刑死した橋本左内・吉田松陰・頼三樹三郎らや、『毒婦』として有名な高橋お伝などの歴史上の有名人物が葬られています。

遊び半分で見学していると、結構シビアな眼差しを投げかけられますが、しかしかなり楽しい場所だと思いますよ♪

その下の地蔵は、ちょっと離れた場所に建てられている、別名『首切り地蔵』で、江戸時代から明治初期にこの地に存在した『小塚原刑場』で処刑された人々を供養するために建てられました。

『首切り地蔵』は、霊感なんて微塵も無いはずのボクでさえ、夕暮れ時に行くとかなり身震いしてくるぐらいの場所に建てられているのですが、何故か最近、受験祈願や恋愛成就を祈りにくる人もいるらしいですねぇ。

これは「お岩さんの墓が、現在はとてもありがたい場所になっている」のと同じで、日本人特有の「悪霊を浄化させて神聖なものにしてしまう」ことの表れかもしれません。


浄土宗 豊国山 回向院 (南千住 回向院)

東京都 荒川区 南千住 5-33-13




大型猫科の猛獣に襲われる妄想に浸ってみる

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東京都内の低いトンネルを探る
「けさらんぱさらん」は「理系おやじ」のための「不思議発見」サイトです。ビワの木に生息する謎の生き物「ケサランパサラン」についての研究論文(笑)も掲載されています。