元和四年(1620年)、澤蔵司という青年僧が小石川の傳通院の学寮に入寮してきた。彼は実に非凡な才能の持ち主で学寮僧中の白眉といわれたらしいのだが、どうやらこの青年僧、実は白狐だったらしいのだ♪

一説によると、なんでも、うっかり尻尾を出して寝ていた姿を同僚の学僧に見られてしまい、仕方なく傳通院の覚山上人に自分の正体を告げ、 学寮を去ってしまったとのことだ。

そしてその澤蔵司を祀っているのが、通称『おあな』と呼ばれる上の霊窟。

これだけでも嬉しい伝説なのだが、この白狐が化けた青年僧が通った『蕎麦屋』がまだ残っているのだという! 東京もまんざら捨てたものではない。

【澤蔵司が通った蕎麦屋】

澤蔵司は大の蕎麦好きだったらしく、 最初に書いたとおり、学僧時代によく通っていた蕎麦屋が今でも残っているのだ!

店名は『稲荷蕎麦萬盛』。ボクも実際に行って、澤蔵司が好きだったらしい刻んだ揚げが乗っているセイロ蕎麦を食べてみた。

澤蔵司は人間に化けた白狐だったわけで、お約束どおり“彼の支払うお金は木の葉だった”との言い伝えが残っていたので、お店の人に「それって本当ですか?」と聞いてみたのだが、「さあ、どうでしょうねぇ」との回答。

ここは「主人が子供の頃、お祖母さんから聞いた話だと、閉店後、売り上げを数えていると、お金の中に何枚かの木の葉が混じっていたらしいですよ」ぐらいのことは言ってほしかった気もする♪

【ムクの木の祟り】

傳通院の前に今も残るムクの木には、澤蔵司(白狐の精霊)が住んでいたいう話も残っている。

このムクの木、戦火で上半分が 焼けてしまったので、切り倒そうという計画もあったのだがが、その担当だった区役所職員が二人も不慮の死を遂げたのだとか。

当時の人は、白狐の精霊の祟りだと考えたようだが、澤蔵司って名僧だったはず。そんなことするのかなぁ。

結構な老木で、ボクが訪ねたときは下の写真のように、かろうじて立っているという状態だった。いまだに白狐の精霊は住んでいるのかどうかは定かではないですが。

『おあな』に向かう、ちょっと不気味な小路


境内には別の御神木もあった

2005年頃の『ムクの木』。現状は如何に?