カテゴリーバナー



ゴルゴダの丘で磔になったはずのイエス・キリストの墓が青森にあるというのです。 しかも青森に残る伝説ではイエスはこの地で日本人の妻をめとったというではありませんか。

そんなことを聞いたらもう、行ってみるしかないですよ!



【新郷村で知ったイエス・キリストの真実】



これはイエスと妻のユミ子、そして最初の娘さんの顔ハメ。



キリストの墓のスポンサーはコカコーラ



キリストの墓の近くにはピラミッドもある

ホントはこうだ#1【イエスは日本で修行した】

新約聖書にあるイエス誕生から洗礼を受けるまでの概要は以下の通りです。
「未来のユダヤ人の王=メシアが生まれた」ことを東方の三博士から 知ったヘロデ王はベツレヘムの2歳以下の幼児を皆殺しにして、メシアが世に出ないようにしたという、いわゆる 『ヘロデ王の虐殺』 を逃れるために、マリアとヨセフに連れられエジプトに逃げ、ヘロデが死んだ後、イエスは、 マリアとヨセフの実家があるナザレ に戻った。(マタイ福音書)

次に聖書に登場するのが12歳のとき、 エルサレムで3日間行方不明になる事件だ。(ルカ福音書)

で、次に登場するのがイエスが30歳を過ぎたときだ。 絵画でも有名なヨルダン川でヨハネからバプテズマ(洗礼)を 受ける場面だ。(マタイ福音書)

つまり、イエスの生涯に関して書かれた聖書の四つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)には 幼少〜30歳までの記述が殆どなく、特に12歳のエルサレムの行方不明事件以降はいきなり30歳になって ヨルダン川に現れることになります。

そうなのです。この新郷村に伝わる話では、その時期、イエス様は日本にいたということなのです。

日本に来られたのは垂仁天皇の時代で、日本海岸の橋立から上陸され、越中(現在の富山県)に渡ったり修行をし、 メシアとしての能力を開花させイスラエルへと帰った との説明がキリストの墓の墓標には書かれていました。

イスラエルへはモナコ経由で帰った、とのことです。

ホントはこうだ#2【イエスはゴルゴダの丘でハリツケになっていない】

ボクの立場は単にこの 『キリストの墓』 の墓標および隣接する 『伝承館』 の展示や資料に書かれていたことを紹介しているだけで、 宗教的な考えは一切ない、ということをまずは言い訳しておきます。

その上で、ここで得た情報を述べますが、ゴルゴダの丘で磔になったのはイエスではなく、彼の弟イスキリだということなのです。

「え、じゃあ、人類の身代わりとして磔になり、そして復活されたという聖書の文言はどうなるんだ!」 ってことになりますが、先ほども書いたとおり、単にここは新郷村の伝説を述べいるだけなので他意はないです。

新郷村の伝説によれば磔を免れたイエスはシベリヤ経由でここ新郷村にたどり着き、この地で生活しこの地で亡くなったということです。

ホントはこうだ#3【イエスの日本での名は「十来太郎 大天空」だった】

新郷村の伝説ではそうなっているらしいです。

ホントはこうだ#4【イエスは日本で「ユミ子」という女性との間に3人の娘をつくった】

新郷村の伝説ではそうなっているらしいです。

ホントはこうだ#5【新郷村にはイエスのお祭りがある】

新郷村では毎年6月の第1日曜日に『ナニャドヤラ』というイエスを祭る行事が行われ、 イエスの墓を神主(神社のカンヌシさんだよ)がお祓いし、 浴衣を来たおばさん達がお墓の回りを唄いながら踊って回るそうなのです。

※その時の歌は以下の通り。

ナニャドヤラー・ナニャドナサレノ・ナヤドヤラー   以上

ホントはこうだ#6【イエスは日本語で遺言を書いた】

以前は新郷村のサイトに遺書の写真が掲載されていたのだが、 残念ながら今は掲載されていないようです。

これらのことは、もともとは茨城県の磯原村(現在の北茨城市)にある皇祖皇大神宮の竹内家に 伝わる竹内古文書に書かれていたのだとか。

真偽の程は不明ですが、ここで特筆すべきは、 “イエスの墓があるっていうだけで、車で9時間もかけ、冬の青森県まで行ってきたぞ”っていうことなのです。




参考サイト: キリストの里 伝承館(青森県観光情報サイト)
Legend Museum of Jesus Christ



棚田を愛でる

カテゴリーメニューに戻る


蒸気機関車にひかれたムジナ
「けさらんぱさらん」は「理系おやじ」のための「不思議発見」サイトです。ビワの木に生息する謎の生き物「ケサランパサラン」についての研究論文(笑)も掲載されています。