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稲荷鬼王神社の名は、旧大久保村の氏神であった稲荷神と、 熊野から勧請された鬼王権現とが合祀したことから付けられたとされています、 実は平将門の幼吊である「鬼王丸」から取ったという興味深い説もあります。

そんな曰くありげな神社にピッタリの不気味な水鉢です。



【鬼王という名の神社に最適な逸話】



なんとなく左の肩に傷があるような気もする。



伝説の緩さがまた楽しい。

【文政年間の斬新なデザイン♪】

写真がその水鉢(文政年間《1818〜1829》の作)です。鬼が頭上に大きな石を乗せた形状で、その石の上部が深く窪んでいてそこに水を湛える形状となっています。この時代の石像って皆こんなにファンキーなのでしょうか。

【中途半端な伝説がまた良い♪】

この水鉢に関する伝説が近くに建っている案内板に書かれていたので、それを紹介します。

「この水鉢は文政の頃より加賀美某の邸内にあったが、毎夜井戸で水を浴びるような音がするので、ある夜刀で切りつけた。その後 家人に病災が頻繁に起こったので、天保四年(1833)当社に寄進された。 台石の鬼の肩辺にはその時の刀の痕跡が残っている。」

確かに鬼の左肩には、切りつけられたような跡があると言えばあるのですが、「ある」と言い切るにはちょっとアレです。

しかしこの逸話、“井戸で音がしたことと、この石像の関係”も“なぜ病災が起きたのか”についても語られていません。

ま、それも味だったりしますが。。。


【そもそもこの神社そのものが凄く興味深い♪】


鬼の石像があり、神社の名も『鬼王』なので、鬼を祀っている神社なのか早合点をしてしまいそうですが、鬼王権現とは『月夜見命(つきよみのみこと)』『大物生命(おおものぬしのみこと)』『天手力男命(あめのたじからおのみこと)』の三神を指す言葉で、いわゆる鬼を祀っている神社ではないらしいです。

しかし、大祭で担がれる宮神輿には鬼面が彫られていたり、節分の際には「福は内、鬼は内」と唱えたりするので、いわゆる『鬼』と無関係なわけでもないようです。このあたりが実に興味深い♪。

また平将門との俗説を書きましたが、神主さんから直接聞いた話でも、代々この神社の神主は将門討伐の本尊であった成田山へのお参りを禁じられているということだから、将門との曰くはあながち眉唾ではないようですよ。

新宿の繁華街にこんな神社が残っているということは実に嬉しい限りです。

稲荷鬼王神社: 東京都 新宿区 歌舞伎町二丁目17-5
2-17-5 Kabukicho Shinjukuku Tokyo


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