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新田義興(にったよしおき)は、 足利家と覇権を争っていましたが、父、義貞が敗れ足利尊氏が室町幕府を開くと、余儀なく多摩川の東側まで退くことになりました。

その後、義興は尊氏配下の畠山道誓の策略にはまり討殺されてしまうのですが、義興の怨霊は雷神となって復讐をし始めたのです!



【壮絶! 新田義興の雷神伝説】



落雷にも負けずまだ元気なご神木

畠山道誓に寝返った、元新田側の竹沢右京亮や江戸遠江守にそそのかされた義興は、尊氏討伐のために多摩川を渡ろうとしたときに船に穴が開けられ、 川の両岸から矢を射かけられてしまいます。義興は無念のうちにそこで自害したのですが、義興の霊はその後、強烈なタタリを引き起こすことになるのです。

船に穴を開けた渡守は突然の嵐で川にのまれて水死するわ、江戸遠江守は、義興の亡霊に射ぬかれ落馬して大怪我をし、溺れているかのように七日間悶え続けて死ぬわと、義興を裏切った者達を祟り殺していくわけです。

その後も義興の亡霊が雷神となって現れ続け、足利方が陣を引いた入間川近辺に雷を落とし焼け野原にするわ、矢口の渡し近辺にも夜な夜な光り物が出るわと大活躍。そんな義興の霊を慰めるために建てたのが新田神社なのです。

上の写真は新田神社に今も残る狛犬です。江戸時代になると、徳川家が新田家を祖とするため、各大名や旗本たちはこの神社によく祭礼しにきたのですが、畠山一族が祭礼をすると、必ず雨が降り、この狛犬が吼えたのだとか!

【新田義興にまつわる様々な神社や遺跡がる】


まずは『十騎神社』。畠山・江戸氏の裏切りにより船に穴を開けられた際に、鎧を捨てて川に飛び込み、敵方に決死の覚悟で切りかかって殉死した義興の部下(12人とも13人とも)の霊を祀る神社です。

次が『女塚神社』。 もともとは義興暗殺をたくらむ畠山道誓・竹沢右京亮(たけざわうきょうのすけ)が内偵として送った少将局(しょうじょうのつぼね)を祀った神社です。

齢、16・17歳の彼女は職務を忘れ義興に心を惹かれてしまい、畠山・竹沢による義興暗殺計画を未遂に終わらせたのです。

当然、竹沢は少将局の裏切りを知ると怒り猛り、彼女を呼び出し無残にも切り捨ててしまったのですが、そんな少将局の屍を村人が憐れんで祀ったのが、女塚神社(おなづかじんじゃ) にある女塚霊神です。

それ以外にも大田区近辺にはいくつもの『新田義興雷神伝説スポット』があります。いくつかを下記の地図に記載しておきました。ボクもいずれまた紹介したいと思います。


威風堂々とした十騎神社



女塚神社は『愛の神社』というコッパズカシイ別名がある

参考サイト: 石神井公園(公園へ行こう)
Shakujii Park


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