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【17.回転寿司の法則】


ボクは回転寿司が大好きです。そう言うと、お寿司が好きなんですか? と聞き返されることがありますが、そうじゃないのです。回転寿司が好きなのです。特に珍しい地魚を出す、漁港近くの回転寿司が最高に好きなのです。

じゃあ、回転していない寿司はどうなのかと聞かれれば、ほとんど食べたことが無いですが、と前置きをした上で「うーん、まあそこそこに」と答える感じですかねぇ。

そう、回転している寿司が好きなのです。まず、魚の名前が書かれたプラカードが乗った皿が流れてきて、「むむむ、はじめて聞く魚の名前だぞ」とワクワクしながらその寿司の皿が回ってくるのを一瞬待ちます。、その感覚がたまらないのです。

躊躇して取りそびれると、更に一周して回ってくるのを待たなければなりません。一周する間に誰かに取られてしまうかもしれません。幸運と回転寿司には後ろ髪は無いとはよく言ったものです。

取り逃しても、お店の人にオーダーすれば良いじゃないか、そう言う人もいるでしょうねぇ。でもやはり、ボクは一期一会を大事にしたいのです。はじめて聞く名前の魚を“出会いがしらに”捕らえて食す、この醍醐味を大事にしたいのです。

だから寿司を食べている間でも決して気を抜かず、流れてくる皿から目を離しません。一人前の回転寿司通ともなれば、それは当たり前のことなのです。

コレだ!と思い、手を伸ばした寿司があまり美味くなかったときの失望感。躊躇していたために目の前を通り過ぎてしまったときの挫折感。意を決して手を伸ばした寿司が最高に美味しかったときの達成感。そう、回転寿司では人生の機微さえ味わうことができるのです。

それはさておき、 こんなことがありました。ある小春日和の日曜日、内房の回転寿司屋を訪れたときのことです。カウンターに座り、オシボリで手を拭き小皿に醤油をたらし、準備は万端です。そのとき目の前にサヨリが流れてきました。春を代表するサヨリはボクの大好物です。すぐさま手を伸ばそうとしたのですが、そのとなりに、マンボウと書かれたプラカードの乗った皿があるではないですか。これは珍しい。ボクは好奇心にかられサヨリではなくマンボウの皿を取りました。

しかし、そのマンボウ、冷凍もので(しかも解凍が上手ではなかった)若干凍っていて水っぽいのです。ガッカリです。だったら、サヨリを食べれば良かったなぁと、ベルトコンベアに目を移しますが、もうサヨリは遠いかなたへ行ってしまいました。直に回ってくるだろうと思って待っていてもなかなか回ってきません。

なぜかショートケーキの皿は大量に回ってきます。休日の家族連れを意識してのことでしょうけど、回転寿司屋でショートケーキを食べたがるような子供はろくな大人にならないぞ、なんてことを考えながら、サヨリが回ってくるのをじっと待っていました。今度サヨリが来たら二度と躊躇することなく皿を取ろう、そう決意してじっと待っていたのです。

そしてついにサヨリが回ってきました。今度こそはと、迷わず皿に手を伸ばそうとする。すると、となりにヒャクヒロと書かれたプラカードの皿があるではないですか。それにはヒャクヒロとはマンボウの腸のことだと書かれています。マンボウの腸の長さはとても長いため百尋(ヒャクヒロ;尋とは長さの単位=約1.8メートルなのだとか)と呼ばれているのだそうです。こういうウンチクには凄く弱い。またしても悪魔の囁き、しかも、またマンボウです。

一瞬躊躇するも、好奇心に負けてボクはヒャクヒロの皿を取ってしまいました。

しかしまたしても半解凍状態のシャリシャリしたヤツでした。こんなことならサヨリを選んでおけばよかったと後悔するも、当然のことながらサヨリの皿はもう遥か彼方です。

ボクの人生はいつもそうだ。目新しいものに心を奪われ、本当に大切なものを失ってしまう。そんなことの繰り返しだったのです。ため息をつきながらも、「やはり回転寿司には人生が凝縮されているなぁ」と天を仰いでおりました。

回転寿司の法則:
常に「一番大切なのは何か」を意識して行動すべし。



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