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【18.セニフとフールスの法則】


「セニフ」というものがあります。いや、実際はそんなものは無いのですが、ボクは小学1年生ぐらいまでは「セニフ」というものの存在を信じていました。

幼少のころに「ジャイアントロボ」というテレビ番組が流行っていました。最近ではアニメ化もされているようですが、当時のそれは特撮実写ものです。そのテーマソングの中に「セニフ」が出てくるのです。

いや、正確には出てこないのですが、当時のボクにはそう聞こえたのです。

本当は「輝く太陽、背に受けて」というフレーズなのですが、力強く「輝く太陽、せにうーぅけーてー」と歌っているため、それを「セニフー受けーて」と勘違いしていたのというわけです。

もちろん当時のボクにも「セニフ」という言葉の意味はよく解りませんでしたが、それは「受ける」ものであると解釈していました。そして、作品に登場する「ユニコーン」という組織に属する「悪と戦う使命を帯びた男たち」のイメージから、「セニフ」というのはそういう「重要な使命」のようなものだと、漠然と思っていました。

そしてまだおねしょも治らないガキンチョ時代のボクは「大人になったらボクもセニフを受けて世の中の役に立つんだ」的なことを考えていたものです。

同じようなものとして「フールス」の存在があります。これは動揺「七つの子」のフレーズにある「山のフールスへ来て見てごらん」のあの「フールス」のことです。もちろんこれは「山の古巣へ来て見てごらん」のことなのですが、ガキンチョのころは、山の中には「フールス」という場所があるのだと信じていました。

そして、ある程度の年齢になると「フールス」というのは「fools」のことだと気がつくのです。「fool(愚か者)」の複数形、つまり「愚か者たち」です。

つまり「山には愚か者の集団が住んでいる場所がある」ということに気がついたのです。そして彼らは「丸い目をしたいい子」なのです。

そのときの「フールス」のイメージは水玉模様の三角帽子をかぶり、同じ水玉模様の、袖と裾がラッパ状に広がった服を着ていました。もちろん靴の先はとんがって上のほうにちょっと曲がっているのは言うまでもありません。彼らはいつも楽しそうに歌いながら踊っているのですが、よく観ると目が笑っていないのです。とても気味の悪い集団なのです。

さすがに今では「セニフ」も「フールス」もそういうことではないと知っています。あたりまえです。しかし、いまだに「責任ある重要な使命を受ける」ことを脳内で「セニフを受ける」と自動的に翻訳していますし、山登りをすると「どこかに愚か者たちの里があり、そこに迷い込んでしまうのではという恐怖に襲われたりもします。

いつかどこかで、ボクと同じようなことを考えている人と会って、このことについて話をしてみたい気もしますねぇ。いや、やっぱりいいや。

セニフとフールスの法則:
子供の頃の勘違いは大人になってからの精神構造にも影響を残す。




回転寿司の法則

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50代の法則
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