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【21.偏執狂の法則】


自転車を購入した。とはいっても今流行のかっちょいいタイプの自転車ではない。いわゆる「ママチャリ」だ。あ、一応、男性用だから「パパチャリ」か。住んでいるマンションから近くの駅まで歩くと15分弱かかるので、「楽をしたい」という魂胆で自転車を購入したのだ。

で、購入した自転車屋から自宅まで自転車をこぎながら帰路についたのだが、楽なのは最初だけで、ちょっと漕ぐと大腿四頭筋(以下「脚」)が焼け付くように痛くなってきた。それでも頑張ってこいでいると今度は大臀筋(以下「ケツ」)が猛烈に痛くなった。そう、自転車はちっとも楽じゃないのだ。結局、自転車から降り、歩いて押してマンションまで帰った。

しかしここまで身体がなまっていたとは! あまりの不甲斐なさにさすがに焦った。かくして翌日、身体を鍛えなおそうと近所に流れている石神井川のほとりを自転車で走ることにした。走り始めていきなりケツが痛い。ケツが痛いので立ち漕ぎする。すると脚に焼け付くような痛みが走り再びサドルに座る。するとまたケツが痛くなるのでまた立ち漕ぎ。。。ボクの脇をチリリンとベルを鳴らしたママチャリおばさんが猛スピードで追い抜いていく。口惜しいがどうしようもない。

しかしヒーヒー言いながら自転車を漕いでいると、ボクの身体にある異変が起きた。ある「スイッチ」が入ってしまったのだ。

これを説明するためには、学生時代のスリッパ工場でのバイトのことを語らねばなるまい。「底の貼り付け作業」が終わったスリッパから「接着剤のはみ出し」を取り除くという仕事だ。ま、普通に考えれば情熱を注げるような仕事ではない。

他のバイト達が雑談をしながらダラダラと作業を行うなか、ボクは黙々と彼等の何倍ものスピードで次から次へと接着剤のはみ出しを取り除いていったのだ。どうやらボクには「単純作業を続けていくうちに偏執狂になる」という機能がついているらしい。

黙々と接着剤のはみ出しを取り除くボクの姿は工場長の目にとても鮮明に映ったのだろう。ボクはそのバイトを数日しかやらなかったにも関わらず、数ヶ月経った卒業間近の頃「うちに就職しないか」という誘いの電話があったくらいなのだ。あの時、あのスリッパ工場に勤めていれば、恐らく今ごろは「接着剤のはみ出し取り部長」ぐらいにはなっていたはずだろう。

今回もそのスイッチが入ってしまったのだ。ケツは痛いし脚は焼け付きそうだし、スピードは相変わらず遅く、ママチャリおばさんからは、どけどけ邪魔だ、と言わんばかりのチリリリン攻撃を受け続けていたが、それでも確実に川上へ川上へと進んで行ったのだ。

いつしか豊島園に到着し、石神井公園近くを過ぎ、昭和情緒を残す武蔵関まできた。川幅はどんどん狭くなり住宅街を縫うように流れていくので川岸を走ることができない。川を大きく迂回して行かねばならないのだ。気の遠くなるような時間が経った。しかし、ついに、小金井カントリー倶楽部の端に立つ「一級河川 石神井川 上流端」という標識にたどり着いたのだ!

石神井川はここでコンクリートの壁にぶち当たっていた。そこには水路のような穴が開いており、それはそこから100メートルぐらい伸びる暗渠となり嘉悦大学の敷地内へと続いていった。あとでグールグアースで調べてみると嘉悦大学内の大きな建物の裏に湿地帯のような場所があり、恐らくここが石神井川の源泉なのであろう。

石神井川の源泉は当初ボクがイメージした「ある一点からものすごい量の水が吹き出ている特異点」というものではなかったのだ。石神井川における divE=q の地点は実際には「湿った土地」だったというわけだ。

しかし、そこでボクの「偏執狂スイッチ」は切れてしまったのだ。時計を見るともう5時間以上自転車に乗っていたことに気づき、急に不安になり「一級河川 石神井川 上流端」という標識の前で呆然と立ちすくんでいた。また同じ距離を自転車を漕いで帰らなくてはならないのだ!

結局その日は、さらに5時間かけて「自転車はちっとも楽じゃない」ということをイヤというほどケツと脚に刻み込むことになってしまった。

偏執狂の法則:
夢中になるのは楽しいことだが、問題はその熱が冷めた後だ。



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