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【25.能力主義の法則】


現代は能力主義だという。だが、そういう言葉は、一部の人たち (能力に優れ、競争に勝ってきた人たち) が都合よくボクたちを操りやすくするためにしか使われていない。「給料が下がるのも、解雇されるのも能力主義の世の中なんだから仕方が無いんだ」というような使用方法だ。

しかし、もし日本が本当に能力主義に突入していくのであれば、能力主義の本質を政府は教育やメデアを通じてキチンと伝えておくべきだと思う。

例えば、子供の頃から「金を稼ぐためには当然、知識や技術力は必要不可欠である」ということを叩き込んだり、「能力主義社会で生きるために必要な能力や技術力とはなにか」について徹底的に教育し、能力主義についての土壌を造った上で導入すべきなのだ。

そして、政府やメディアが失業者について語る際にも、「その失業者の知識や技術力は能力主義的にみてどのくらいのレベルなのか」といったような「失業者自身の能力」を基盤とした考え方に基づいて発言するべきだろう。

ま、だけど当然のことながら、そんな世の中はイヤだな。つまり能力主義を導入するなら「能力について公に議論する社会」を作り上げるのが前提だと思うのだが、そんな「能力について公に議論する社会」なんて気持ちが悪い。だから「そもそも能力主義の社会なんて目指さないでくれ」というのがボクの考えだ。

繰り返すが、ボクは能力主義を唱えるヤツらが大嫌いだ。そんな社会になったら、ボクのように特別な才能も無く、かといってコネも無く、金も無い人間にとっては非常に生きづらくなってしまうじゃないか。中には「能力主義になれば、自分の能力が世の中で活かされるようになる」と思い込んでいる人もいるかもしれないが、一度頭を冷やして、自分の能力について考え直した方が良いと思う。

資本家や権力者には 「能力主義の良い所だけを示すことで国民を騙し、自分たちの都合でクビを切ったり賃金を安くできる社会」 をつくりたいのだろう。ま、それは彼ら「強者」の戦略としては理にかなっているのだと思う。

だからと言って我々「弱者」が彼らの戦略に乗る必要は無い。強者の「犬」であるマスコミはともかく、せめて教育者や有識者たちは「貴方も含めて大部分の人には、人並みはずれた能力なんてありません。なので、能力主義の社会になれば確実に皆さんは、社会の大多数を占める低賃金所得者になりますよ」とハッキリ伝えて欲しいなぁ。

人間はこれまで長い年月をかけて「弱いものでも安心して生きていける環境」をつくりあげてきたのだ。まだまだそれは不完全なものではあるけれど、そのような理想郷を目指していくことこそが唯一、人間を「万物の霊長」たらしめているのだと信じている。「能力主義」「競争主義」なんて、生物学的に考えても、実にレベルの低い、時代遅れも甚だしい野蛮な理念だとは思いませんか?

能力主義の法則:
競争主義や能力主義など時代遅れで、非科学的な考え方である。



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