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【30.鬼てきな何かの法則】


もしかしたら「文系の人」の中には知らない人もいるかもしれませんが、 地球は球体で、 しかも物質的な支えも無いのに宇宙空間に浮いているんです。

しかし、古代のインドでは「盆上の地面を巨大な象や亀が支えている」と 考えられていたり、ギリシャ神話では 「巨大なアトラスという神が肩に担いでいる」と表現されていたり していました。

当時の人には(現代の一部の文系の人と同様に)、「引力と遠心力がつり合うように回転している」という 概念は無かったようなので、必ず「支えているなにか」が 必要だったのでしょう。

そして、日本で見られる仏像の台座にも「それを支えている鬼てきな何か」が存在 しています。

(奈良の興福寺には、この「支えている鬼てきな何か」を「主役」としてピックアップした 「天灯鬼像」「竜灯鬼像」という像があます)


彼らはまさに「仏教を支えているもの象徴」です。

プロレタリアート(要は、貧乏労働者ってことですが)のボクとしては、それら「鬼てきな何か」が、 「権力者によって支配されている労働者階級の象徴」として造られていると 思えてなりません。

仏教伝来後、仏教を利用して民を支配し始めた権力者。 豪華な仏像は、まさに 彼ら民の地と汗と涙でできています。 そして、 その仏像の台座を苦悩にまみれ支えている 「鬼てきな何か」こそ、そうした民の象徴に違いありません。

この「鬼てきな何か」ですが、 これは、仏像を造れと命令した権力者の意思で 造られたのでしょうか?  それとも、権力者から仏像を造れと命じられた職人が、 皮肉を込めて「仏像建立のための重税に苦しむ民の姿の象徴」として造ったのでしょうか?

ボクは、意外と権力者がこれら「鬼てきな何か」を造り出したんじゃないかと、 思っているわけです。

権力者が「重税に苦しむ民の姿」を「鬼てきな何か」として表現することで、 「民の怨念を霊的に昇華させよう」としていたような気がしてならないのです。

別の表現をすれば、 「民の苦悩や権力者に対する怒り」を「醜い鬼」として表現することで、 「権力者自身が民に対して感じている罪悪感」を払拭しているんじゃないかと 思ったりしているわけです。

最近、仏像に興味を持っていろんなところに出向いているのですが、いつもこの「鬼てきな何か」が 気になってなりません。

鬼てきな何かの法則:
最近「鬼」に興味を持ってきた。鬼ってそもそも何だったんだろう?




脳、恐るべしの法則

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