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【34.ボクたちが失くしてしまったことの法則】


考古学に関しては専門書すら読んだことがないのですが、 それっぽいタイトルの一般書のナナメ読みだけの知識で、 酔っ払いながら偉そうに「人類が進化の過程で失くしてしまったモノ」に ついて語るという性癖が、ボクにはあります。

で、ここでもその性癖を露出しようと思います。

ボクが語る「人類の進化」の「人類」とは往々にして「日本人」のことです。  そして「進化の過程」の「進化」とは、「稲作の導入」および「稲作の導入に伴う社会制度の変化」を さす場合がほとんどです。

古事記、日本書紀、万葉集、古今和歌集など我が国の古典を読めば 「いかに日本という国が米の国か」ということが判ります。  別の言い方をすれば「稲作が日本の社会の仕組みを作った」とか 「稲作が日本の歴史を動かした」などの表現もできるかもしれません。

米は「保存が効く」ため「通貨のような役割」を持たせることが可能です。  米は「それ自体にほぼ全ての栄養分がある」ため「米さえあれば、まあなんとななる」という強みがあります。

しかし「稲作」には「大規模な共同作業」が必要であるため「集団社会の構築」が促進されていきます。  そして「稲作」は「季節や天候」と強い関係性を持っていますから、「日本人の季節に対する感性」が促進されたり 「天候や天災を制御しようとする宗教」を誕生させることにもなります。

現在の日本と日本人の肉体と精神を作り出した「稲作」ですが、それによって「失くしてしまったもの」も多々あるような気がします。

第一は「漂う喜び」の喪失です。  稲作は当然「定住」を伴いますから、 日本人は稲作の導入と同時に「気ままにあちこちをブラブラする」という喜びを 捨てることになってしまいました。

第二は「身軽である喜び」の喪失です。  稲作により「田んぼを守る」「収穫された米を守る」必要がでてきました。  それにより「物や土地などを守るための労力」が飛躍的に増えたはずです。

第三は「気ままな人生」の喪失です。  稲作は「ルーティンワーク」です。 毎年同じ時期に同じことをやり続けることが 必要なのです。 日本人は稲作によって「気ままな人生」を捨ててしまったのです。

つまり日本人は「稲作」という「進化」を遂げることで、「漂う喜び」「身軽である喜び」 「気ままな人生」を失くしてしまったのです。 そしてこの失くしたものは 「好奇心のまま自由に生きること」に他なりません。

乱暴に言えば「日本文化は『好奇心のままに自由に生きる』ことを捨てて『進化』してきた」 となります。 しかしこれって全ての国にあてはまりそうです。  「人類は『社会を発達させる』ために『好奇心のまま自由に生きる楽しみ』を 捨ててきたイキモノだ」なんて思えてきました。

ところで「稲作前の日本の社会」ってどんなんだったんでしょう?  もしかしたらそこに「好奇心のまま自由に生きるヒント」があるのかもしれないですねぇ。

ボクたちが失くしてしまったことの法則:
日本人が「自由」を獲得するためには、「稲作以前の日本の文化」を学ぶ必要があるのではないか?




夢なんて見ない方が・・の法則

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