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環境省特殊環境調査室


ハローワーク からの帰り道、 マキエ・シロウさんですね、 という声に男は振り返ると、目の前にスラリとした背の高いスーツ姿のショートヘアの女性が立っていた。

たしかにマキエですが、と男が答えると、その女性は、お話があるのです、と言いながら名刺を差し出した。そこには 『環境省・特殊環境保全課 オガワ・サオリ』 と書かれてあった。

貴方にやっていただきたいお仕事があるのです、詳細はお茶でも飲みながらいかがですか、とオガワ・サオリは通りの向こうにある喫茶店を指差した。マキエは一瞬戸惑ったが、仕事と聞いたら放っておけない。彼女と一緒にその喫茶店へと入っていった。

テーブルに向かい合わせで座り一通りの挨拶を済ませ、運ばれてきたコーヒーを一口飲んだオガワ・サオリは、貴方にある環境調査をやっていただきたいのです、と切り出した。私にそんな仕事できるのだろうか、というマキエの言葉を遮って彼女は続けた。

「貴方には特殊な能力があるのです」

特殊な能力だって? 彼はいままで一度だってそんなことを言われたことは無かった。そもそもそんな能力があればリストラで半ば強制的な早期退職を受け入れることも無かったはずだ。そんなマキエの怪訝そうな表情を無視して、オガワ・サオリは話を続けた。

「人類が今後も発展を続けていくには、これまでのように自然環境の持つ経済的価値を利用するだけではなく、自然環境との共存という考え方が必要になってなってきます。 そして重要なことは、自然環境の中には現代の我々が認識できない類のものも存在するということなのです」

自然環境との共存という言葉はマキエも聞いたことがあった。しかし、我々が認識できない自然環境とはいったいなんなのだろうか。オガワ・サオリは、 真面目に聞いてくださいね、 と念を押し、話を続けた。

「現代の我々に認識できない自然環境、それを我々は『特殊環境』と呼んでいますが、一般的には 地主神 や 産土神 と呼ばれいたものです」

マキエは目をパチクリさせてオガワ・サオリの顔を覗き込んだ、彼女はいたって真面目な表情をしていた。彼女は話を続けた。

「人間はもともと『特殊環境』と共存関係にありました。彼らに対してあるときは畏敬し、あるときは感謝しながら生活することで、バランスのとれた文明の発展や精神の調和が保たれていたのです。ところが近年の無秩序な開発のせいで、そうした地主神の住処が失われ、彼らを蔑ろにするようになってしまい、その結果、 人間性の欠如 などの精神的な病が促進されてしまったのです」

マキエは気を落ち着かせるためにコーヒーを一口すすった。

「事情はわかりましたが、それに対して、私に何ができるというのでしょうか。それに先ほどおっしゃられた、私が持っている『特殊な能力』というのは何なのでしょうか」

「貴方にはそういう『特殊環境』を 呼び寄せる 能力があるのです」

オガワ・サオリが言うには、そうした『特殊環境』、つまり地主神との共存を考える際には、彼らとの対話が大切なのだが、彼らは基本的に人見知りであるため、なかなか調査員の前に現れてくれないらしい。

かつては 『巫女』 と呼ばれる、そうした存在を呼び寄せ対話を行うことを生業とする者も多数いたのだが、今ではその数も激減し人材不足なのだとか。

「あなたには『特殊環境』を呼び寄せる『誘導』と呼ばれる素晴らしい能力があるということが、我々のこれまでの調査で判ったのです」

オワガ・サオリは、証拠をお見せしましょう、と言い、ハンドバックからディスプレイの付いた小さな機械を取り出した。環境省が開発した『特殊環境計測機』なのだという。その機械をマキエの頭上に何度かかざしてから、マキエに向けて見せた。そこには、幾何学的な動きをしている様々な色の小さな三角形が映し出されていた。

「これらの色や動きのパターンで、どんなタイプの『特殊環境』が存在しているのかを表示しています。今、貴方の周りに存在するのは、移動性が中、敵意度が小、悲観度が大の『特殊環境』のようですね。貴方がハローワークから呼び寄せてきたものでしょう」

マキエ・シロウは、唖然とそのディスプレイを見つめていた。

そこから先は、オガワ・サオリのペースに完全に乗せられてしまい、 マキエは仕事を引き受けることになった。 もともとハローワークに仕事を探しに来ていたので印鑑も銀行口座の控えも持っており、手続きは全てその場で終了した。その後、オガワ・サオリは資料を取り出しながら今回の仕事の説明を行い、30分後二人は喫茶店を出た。

ついに仕事が見つかったぞ、マキエはそう言いながら軽い足取りで自宅へと戻った。

翌日の早朝。マキエは北関東某所のひなびた鉄道の駅前から バス に乗り込んでいた。

仕事の内容はいたって簡単だった。彼は建設予定のアウトレットモールを取材しに来た雑誌の記者ということになっていて、建設責任者である村長をインタビューしたり、建設予定地近くにある竜神様と呼ばれる地主神を祀った祠の近辺をうろついたりすればよいのだ。

そうすれば自然とその地主神が彼に呼び寄せられ、頃合を見て予め待機していた 『媒体』 と呼ばれる別の担当者がその地主神を自分自身に憑依させ、更に別の担当者が憑依した地主神と対話を行うという手はずになっていた。

なんて気楽な仕事なんだろう。上機嫌で窓から外の風景を眺めていると、車内アナウンスが次が目的地であることを告げた。バスが大きくカーブを曲がり開けた土地に出ると、なんとそこには既に立派なアウトレットモールが存在しているではないか。

「どうなっているんだ。竜神様への影響を調査してから建設するはずじゃなかったのか」

バスが停留所に止まり、マキエはバスを駆け降りるとバス停の正面にある大きな門の前に立った。オープンこそしていないが、完成されたアウトレットモールだった。

辺りを見回すと、すぐ近くの土手に小さな 祠 が建っているではないか。まさかと思い駆け寄ると、それは古びた石造りの祠で、何ヶ月も前に供えられたようなカップ酒の瓶と米が盛られた皿が供えられている。そして祠にはかろうじて『竜神様』と読める文字が見えた。

「竜神様の祠のすぐ近くにこんなもの建てるなんて。共存も何もあったもんじゃないな」

マキエは眉をひそめた。これまでの彼であれば、別に祠のすぐ近くに大規模開発があったとしても何も気にならなかったであろう。しかし、オガワ・サオリから 『地主神との共存』 という話を聞かされ、そのプロジェクトの一端に係わるようになった今となっては、古くからの信仰の対象が蔑ろにされていることに少なからず怒りを覚えたのだ。

マキエは、竜神様、どうか怒らないでくださいよ、と言いながら手を合わせた。

アウトレットモールの大きな門は閉ざされていたが、脇の通用門が開いていた。村長とはここから少し歩いた場所にある村役場で会うことになっていたが、まだ時間がある。マキエはその通用門から中に入ってみることにした。

新築の建物特有の匂いが漂う中をキョロキョロしながら歩いていると、後ろから男の声で呼び止められた。

「どちらの方? ここはまだ立ち入り禁止ですよ」

その声に振り返るとピシッとしたスーツ姿にヘルメットを被った初老の男が立っていた。オガワ・サオリからもらった資料にあったこの村の 村長 だった。

「これは申し訳ございません」

マキエはできる限り丁寧に挨拶をすると、セガワ村長様ですね、と切り出し、オガワ・サオリからもらった名刺を差し出した。

「本日、お時間をいただいております、月刊『ふるさと』編集部のマキエでございます」

彼は予定の時刻より早めについてしまったため、つい中に入ってしまったことを詫びた。

村長は名詞を受け取ると、ああ、取材の方ですか、と上から目線で答え、忙しいから、今ここでしてくれませんか、と有無を言わさぬ口調で、建物の中にあるレストランへと彼を導いていった。

レストランは椅子もテーブルも厨房も、そして、トレーニング中のスタッフたちも皆、ピカピカに輝いていた。

二人は丸いテーブルの席に着くと、村長がトレーニング中のウエイトレスの一人を呼び寄せ、おい、コーヒーを二つ、と言った。ウエイトレスはビクつきながら頷き厨房へと向おうとしたたが、即座に村長が大きな声で呼び止めた。

「おい、オーダーを聞いたらちゃんと復唱して確かめろと言ったのを忘れたのか。オープンは間近なんだぞ、しっかりしろ。やり直し」

ウエイトレスは怯えながら戻ってきて、コーヒーが二つですね、以上でしょうか、と聞き、村長は、よし、それでいい、と言い放った。

彼女は会釈すると逃げるように厨房へと向かい、マキエが努めて笑顔で、村長自らが店員教育をされるとは素晴らしいですね、と言うと村長は得意げに微笑んだ。インタビューはこうした 緊張感 の中で始まった。

オガワ・サオリからもらった質問事項をいくつか聞き終わったときに、さっきのウエイトレスがコーヒーを二つ運んできた。

最初に村長に、次にマキエにソーサーに乗せたカップを置いた。ところがマキエのカップがソーサーにちゃんと乗っていなかったのだろう ガチャン と音をたててカップが傾き、コーヒーが飛び跳ねてマキエのズボンにかかってしまった。  それに驚いたウエイトレスはシルバーのトレイを床に落としてしまい、大きな音が店中に響き渡った。

「おい、こら、何をやってるんだ」

立ち上がり顔を真っ赤にして怒鳴る村長を制し、マキエは、 大丈夫ですよ、 と言いながら床に落ちたトレイを拾って彼女に渡した。

「私がテーブルを蹴ってしまったせいですよね。すみませんでした」

おどおどしているウエイトレスにそう言うと、マキエはポケットタオルでズボンのシミを拭いた。ほら、もうなんでもないです、と彼はそう言った。

村長の、もういい、向こうに行きなさい、という気まずそうな言葉を受け、ウエイトレスは会釈をすると、トレイをもってそそくさと厨房へと戻っていった。

いや、お恥ずかしいところを見せてしまって。

とんでもない、私がいけないんです。

という会話の後、再びインタビューに戻った。

そして30分程度で用意した質問が終わり、マキエはお礼を言ってレストランを後にした。

アウトレットモールを出て村の中をぶらついていたが、接触してくるはずの『媒体』担当者はいつまでたっても現れなかった。

お昼を告げるサイレンが鳴り響いた。 いったい、どうなっているんだ、 と半ば怒りがこみ上げてきた時、彼の携帯電話が鳴った、オガワ・サオリだった。

「よくやっていただきました。調査は大成功です」

開口一番のオガワ・サオリの言葉がマキエには理解できなかった。

「大成功ですって? 私は誰とも接触していませんよ。それに、既にアウトレットモールは建設されていましたし」

マキエは一気にまくし立てたが、オガワ・サオリは冷静に答えた。

「確かに『特殊環境調査』が行われる前にアウトレットモールは建設されてしまいましたが、そういうことは行政処置には よくあることなのです。 しかし、貴方は確かに地主神を呼び寄せ、そして、その地主神は『媒体』担当者に憑依しましたよ。貴方にコーヒーをこぼしたウエイトレスこそ『媒体』担当者なのです。 セガワ村長があまりに横暴な方なので、彼女は相当緊張していましたが、貴方の優しい対応で心が和んだのでしょう。その瞬間に、貴方が呼び寄せた地主神が彼女に憑依したのです」

オガワ・サオリが言うには、ウエイトレスに憑依した竜神様との対話は無事に行われ、その結果をアウトレットモールの運営に活用していくことになったらしい。

全ては上手くいったとのことだった。彼女は、今回の報酬は来月末に銀行口座に振り込まれることを告げ、次の仕事も是非引き受けて欲しいと付け加え、電話は切られた。

「ま。金がもらえるのならいいか。いい仕事が見つかったな」

彼は微笑みながら帰路に向かった。

丁度その頃、環境省の一室で、背もたれのついた椅子に座ったオールバックの男も、いい仕事が見つかったな、と同じ台詞を口にしていた。その男のデスクの前にはオガワ・サオリが立っていた。

「地主神との共存を調査するなんて、実に素晴らしいアイデアだよ。これで我々に新たな予算が確保されたというわけだ。 民間人に仕事を発注できるので、雇用の拡大という名目も立つしな。 あとは適当なレポートを書いて提出すればいいだけだ。 どうせ誰も地主神なんて見えやしないのだから、調査の正当性を否定することなんてできやしないんだ。これで我々の部署も安泰と言うわけだ」

オガワ・サオリは微笑みながら、その男に大きくうなずいた。




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「けさらんぱさらん」は「理系おやじ」のための「不思議発見」サイトです。ビワの木に生息する謎の生き物「ケサランパサラン」についての研究論文(笑)も掲載されています。