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甲府近辺をうろついていたとき、カエル同士が争っているのを偶然見つけたのです。

腕っ節の強そうなグリーンが、鈍重そうなブラウンに「馬乗り(カエル乗り?)」 になってぶん殴っている姿に、「おいおい、どうしたっていうんだ?」「話せばわかる」 と駆け寄る平和主義者のボクだったわけです。




【同じカエル同士じゃないか、争うのは止めるんだ!】



このカエル・オブジェがある場所の正式名称は『縄手通り』です。 名称のイワレには何種類かあるみたいなので、気になる人は調べてみて♪

それでも止めない2匹に対して発した“メフィラス星人の決まり文句”みたいなセリフが 「同じカエル同士・・」だったというわけ。

しかし、メフィラス星人が「紳士の素振りで人の心に忍び込む悪魔」だったことを忘れてはなりません。

ボク自身の中にメフィラス星人のような悪魔が巣くっているのでしょうか?  ふと、そんな疑問に襲われながら、2匹の仲裁をしておりました。

【なんと、そこは『蛙の街』だった】

この縄手通りは城下町情緒を漂わせる商店街で、 オサレ層を狙ったカッコイイメのお店が並んでいたりします。

また、なぜここがそんなにカエルカエルしているのか? についてですが、 ちょっと調べてみた限りではあまり面白い説明がありませんでしたので、 紹介を省きたいと思いますww

そんなことよりもカエルです。カエルそのものの存在に心から惹かれますよね!

人生の後半に入り、 自分の人生に特に期待が持てなくなってきた、 ボクを含めたほとんどの大阪万博世代にとって、 カエル先生の悟りきったような表情や仕草の中にこそ、 残された人生で進むべき道の指標が見え隠れしているとは思いませんか!

「妄想するばかりで、夢を達成するための努力をしてこなかったゆえ、 『普通の人より、ちょっと寂しい人生』を 歩んできてしまった自分に対して、後悔でもなく、諦めでもなく、 唯あるがままを受け入れる『強さ』を持っていたい」

「映画や小説のような胸を躍らせる人生ではないけれど、日常のほんの小さな幸せを 見逃さない『繊細さ』を無くしたくない」

そんな会話をカエル先生たちと交わしつつ、 楽しそうな観光客たちを避けながら愛車をとめた駐車場へと向かう、 よく晴れた春の日でした。


一番目に付くであろう『カエル先生』。右下に書いた様なことをボクは小一時間、彼と話をしていました。



縄手通りには『カエル神社』まである。なんでも神様にしてしまえるのが日本の偉大なるところです♪

思わず小学生時代を振り返り考えたこと
【ガマでもトノサマでもなく、本当はボクは アマガエルが好きなんだ。】





観光地にお馴染みの『顔はめ』ですが、はめる場所がちょっとアレなような気がします。。。

ボクが通っていた小学校の校庭の端っこのジメジメした場所の石を裏返すと、 小学生の手のひらよりも大きなガマガエルを簡単に捕まえることができました。

捕まえたガマガエルを頭に乗せ上から野球帽を被り、 女の子の前でその帽子を取ってオドロカセルという アレなことをよくやっていましたっけ。

ガマガエルってやつはオシッコみたいなものをよく出すので、 ガマのオシッコで髪の毛がキモチワルクなるというリスクを背負いながら、 更に女の子にも嫌われるという行為をわざわざ行っていたのです。

そんな事を何故あんなに一生懸命に やっていたのか?

今となってはまったくの謎ですが、その頃からボクの人生設計に過ちが あったことは間違いないでしょう。

話は変わって、家の近所にはアマガエルはたくさんいましたが、 トノサマガエルは結構レアだったので、 捕まえたトノサマガエルを自慢げに飼っていたのを覚えいています。

しかしボクはトノサマガエルのマダラ模様が、 本当はあまり好きではなかったのです。 それに引き換え、アマガエルの単色でツルンとした肌の色と艶。 そして、トボケたような、神妙なような、 なんとも言えない表情。 本当はボクはアマガエルの方が何百倍も好きだったのです。

それなのに、『レア』という理由だけでトノサマガエルを重宝していた幼少時代。

そんな日和見的な当時の行動が、その後のボクの人生を間違った方向に 導いていったのも、これもまた事実でしょう。

でも今なら声を大にして言えます。  ボクは本当はアマガエルが大好きなのです!! (だから何だ?)


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