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東京から4時間(新幹線使用)

1時間程度は遊べます

★★

★★★

京都における百鬼夜行のメッカです!


『碁盤の目』の北端に位置する一条通は“人の世界ともののけの世界とを隔てる境界線”であり、 平安時代から“古道具が変化したもののけが百鬼夜行する”という伝説が残る、歴史ある妖怪ストリートなのです。
『大将軍八神社』で始まり「宮本武蔵と吉岡一門との決闘の場所」へと向かうこの通りを、 まだ夏の日差しが残る時期に探索してきました。











平安京の方位を司る大将軍八神社

〜陰陽道の方位神である『大将軍』という凄い名前の神様を祀っているらしい〜



明治の神仏分離令にて祭神は素盞嗚尊と同一化されたけど、それまでは“建築や転居、旅行などにおいて方角の吉凶を司る神”である『大将軍』を祀っていた神社。それにしても『大将軍』とは、実に凄くて強そうな名前だ。百鬼夜行がはびこるこの地を治めるにはこのくらい凄い神さまで無いとダメなんだろうなぁ。



この方が『大将軍』。毎年5月1日〜5月5日と11月1日〜11月5日には、重要文化財になっている『80体の木造大将軍神像』が一般公開されるらしい。その時期にまた行くしかないな。



さすが“方位を司る神”だけあって、おそらく北極星を模したであろう紋があった。



京都一条 妖怪ストリートのゆるさがとても良い

〜実はこのあたりは『ゆるきゃら』の名付け親である『みうらじゅん』さん生誕の地らしい〜



なんてことはない小さな商店街なのですが、いたるところにゆるい妖怪が点在しているのです♪



手作り感満載の“かえるっぽい妖怪”。このゆるさが逆に百鬼夜行っぽいぜ。



小学生に声をかけたら一つ目小僧だった。



『さいとう商店』に潜む『さいとう』という妖怪。



ベニヤ一枚で作られているところが、なんかステキだ。



左の妖怪の頭には両脇に食パンがくっついている。ま、そういう妖怪なんだろう。



毛むくじゃら一つ目のデザインは、なんか京都っぽいかな。



薬屋さんの中にいる包帯まみれ緑男が、かなりブキミ。ドラゴンぽいものは、ちょいカッコいい。



赤い服と黒いマントが、なんとなく高貴な感じ。



こいつが、工業製品としては一番丈夫そう



これは京都の定番っぽいですな



ベニア系はそれはそれで味がある



『ごんたくん』っぽいな



右のヤツのデザインいいなぁ。ボクも真似しようっと。



提灯は自宅に飾りたいです。白いヤツの意味不明間に惹かれます。



これ凄くデザインも出来が良いです



この辺りの完成度は凄いな



豆腐小僧のとびだしぼうや。



さすが“妖怪の親分”『ぬらりひょん』。 できは妖怪ストリート中で一番かな。右にいる三つ目は『夜行童子』という名前らしく、 ここのマスコットキャラクターだそうです



妖怪ストリートを探索中、なんか背後からの不気味な視線を感じていたのですが、 帰り際に何気なく顔を上げたら、こんなヤツらが不気味な微笑を投げかけていたのです。



『資料館』の概念を変えた資料館、『百鬼夜行資料館』

〜なんのために作られたのかは、 訪れた各自が勝手に思い込めがいいのだ〜



小さな雑居ビルの入り口にこんな看板とノボリとが雑多に置かれているだけ。



こんな入り口、普通の人は入ってくるのだろうか? おそらくボクと同類の人しか来ないんだろうなぁ。



階段を登るといきなりこんなのが! 怖いというより「ズッコケ」という擬態語がピッタリ。



ここが資料館の入り口。ただの事務所なんだけど。。。



入り口のすぐ右にこの空間が広がっている。別に動いたりもしない。



これが『百鬼夜行資料館』の全貌。椅子が数脚あるのだが、 ここで腰掛けて何をしろというのだろう? とりあえずボクは椅子に座って彼らをボンヤリ見ていました。



入り口向かって左の壁はこんな感じ。ここに貼ってあるイラストなどが『資料館』のゆえんなんだろう。



『百鬼夜行資料館』で手にいれたパンフレット。妖怪のイラストはどこからかの 転用なんだろうけど、やっぱり古典の妖怪イラストは実に良いですなぁ。  これによると 毎年10月第3土曜日には「妖怪仮装行列・一条百鬼夜行」というイベントが開催されている とか! うわー、行きたいなぁ!!



更に東に進むと宮本武蔵の決闘の場所らしき松が

〜『一乗寺下り松』だと思ったら『一条下り松』という説もあるらしい〜



一般には“宮本武蔵が吉岡一門と決闘をした場所”としては、京都の北東に位置する『一乗寺下り松』と言われていますが、 「いや、そんな外れではなく、実際の決闘の場は一条通りの西方の場所だ」という説もあるらしい。 その説によると『妖怪ストリート』を東に抜けた場所に立つ松こそが、その決闘の場なのだとか



平安時代の内裏の西壁はおそらくこの場所から1km程度東に行ったあたりにあったはずで、そんな近くで大規模な殺し合いが行われたのか? ま、平安時代には百鬼夜行が頻繁に現れたぐらい閑散とした場所だったので、そうかもしれないなんて気もしますが、そのあたりは誰か詳しく教えて欲しいです♪


近隣の地図




お稲荷様の総本山『王子稲荷山』・・

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