【Trekking】  岩木山に「安寿と厨子王」伝説を探しに行く(青森県 弘前市)

いわき山は、古くから青森津軽の象徴であるだけでなく、 安寿と逗子王の魅力的な伝説と結びついた山でもあるのです。
 果たして伝説の糸口は見つかるのでしょうか?  (Nihedon @ KesaranPasaran Lab)

 

曇り空が一瞬晴れて日本海が見えた! 昔から津軽地方の船乗りたちは岩木山を目印に航海していたらしい。

なんか良い感じの岩が見えた

「四方八方(よもやも)の 千万(ちよろず)の山を見下ろして 心にかかる 雲もなき哉」という大町桂月という紀行文家の方の歌らしいです。

ようやく山頂。山頂のオブジェがかなりイケている!

山頂の奥を少し下りた場所に祠発見!

「岩木山神社奥宮」であることは判明したが・・。

「安寿」の文字を探したが良く判らん。安寿と岩木山との関係については、後でジックリ調べてみたいと思う。

なんか凄い狛犬らしきものを発見。コイツはいまでも丹後の人に対して吼えたり噛み付いたりするのだろうか?

 

先の「安寿と厨子王」の話に戻りますが、山椒大夫が住んでいた丹後という土地は、当時「大和朝廷が東北地方を支配するための前線基地」だったようですから、「丹後の人間が東北の人間に酷い目を合わせ、その後、東北の人間から復讐された」という「安寿と厨子王」の話は、東北(当時の奥州・出羽)の大和朝廷に対する憎しみが元になった話だとも解釈できますよね。

更に別の伝説では「ウツシクニタマがオオクニヌシから献上された珠を、丹後の海賊が盗み出したが、後に東北の若者によって取り返された。それ以来、丹後の人間が岩木山に登れば災難に見舞われるようになった」とも言われているようです。

どちらの話も「奥州と丹後の間にある、あまり良くない関係性」を表していますが、当時の日本において、大和朝廷と東北地方とは複雑な関係であったことは事実ですので、このような逸話が残されたのでしょう。

坂上田村麻呂と阿弖流為の話もそうですし、今後もこのあたりの「逸話」が「現在どのような形で残されているのか」については、調べてみたいと思いますねぇ。うーん、楽しみ楽しみ♪

The pyramid, a symbol of Mount Iwaki

 

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