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●いまさら常識? 青森にあるイエス・キリストの墓(過去記事)


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1.伝説を求めて650キロの旅

キリストの墓はちゃんと公式に案内されているのです。しかも「ピラミッド」まで・・・。

似たような趣味の方には、もう「常識」ともいえる「青森にあるキリストの墓」です。

30代後半の頃、冬休みに訪れたのですが、東京ではまだ雪が降っていなかったので油断していたんですよね。車を走らせ十和田湖まで来たタイミングで急に雪が降ってきて、みるみるうちに積もってくるではありませんか!

チェーンはおろかノーマルタイヤだったんですよ! しかも「車中泊で良いだろう」と、宿も取らずにやってきてしまったんですよ!

このまま雪の中で寝たら死んじゃうんじゃないかって、マジで焦って、携帯電話をかけまくりなんとか宿を確保したというわけなのです。あまりにも「冬の青森」をナメきっておりました。心から反省しております。もう、絶対にこんなことはいたしません。

無事帰ってこれたのも、すべてイエス様のお導きのおかげです。ありがとうございました。アーメン。

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2.スポンサーまでついているキリストの墓

近くの宿に一泊し、次の日の早朝に到着した「キリストの墓」です! 比較的街中にあるので雪も少なく、とても美しく整備された場所にあるのですよ。本当に精神が洗われたような気分になりました。

同じデザインのお墓が向かい合わせで二つあるのにも驚きましたが、これは後述するように、イエスの弟である「イスキリ」という方のお墓のようです。

マリア様の素性や、マリア様とヨセフ様との関係、マリア様が生んだ(イエス以外の)子供たちなどについては、様々な説があり、ネットを探してもいろいろと出てきますね、ま、そのへんは詳しい方にお任せします。

キリストの墓のスポンサーがコカコーラだった!

こちらかイスキリ様のお墓。背景に見えるのが伝承館です。

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3.現地で知ったイエスの真実(?)

イエスの墓に隣接する「伝承館」には「イエスに関する資料」がたくさんあるらしいのですが、残念ながら冬季は閉館しており、見ることができませんでした。

(1)イエスは日本で修行した

新約聖書にあるイエス誕生から洗礼を受けるまでの概要は以下の通りです。

「未来のユダヤ人の王=メシアが生まれた」ことを東方の三博士から 知ったヘロデ王はベツレヘムの2歳以下の幼児を皆殺しにして、メシアが世に出ないようにしたという、いわゆる『ヘロデ王の虐殺』を逃れるために、マリアとヨセフに連れられエジプトに逃げ、ヘロデが死んだ後、イエスは、マリアとヨセフの実家があるナザレ に戻った。(マタイ福音書)

そして、次に聖書に登場するのが12歳のとき、エルサレムで3日間行方不明になる事件なのです。(ルカ福音書に記載されています)

で、その次に登場するのがイエスが30歳を過ぎたときなのです。。絵画でも有名なヨルダン川でヨハネからバプテズマ(洗礼)を受ける場面ですね。(マタイ福音書に記載されています)

つまり、イエスの生涯に関して書かれた聖書の四つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)には 幼少〜30歳までの記述が殆どなく、特に12歳のエルサレムの行方不明事件以降はいきなり30歳になって ヨルダン川に現れることになるわけです。

そうなのです! この新郷村に伝わる話では、その時期、イエス様は日本にいたとされているのです。

日本に来られたのは垂仁天皇の時代で、日本海岸の橋立から上陸され、越中(現在の富山県)に渡ったり修行をし、 メシアとしての能力を開花させイスラエルへと帰った、との説明がキリストの墓の墓標には書かれていました。

あくまでも「そう書かれていた」ということを紹介しているだけで、「ボクがそれを主張しているというのではない」ということは明示しておきますね。ちなみに、日本の修行を終えたイエスは「モナコ経由でイスラエルへ帰った」とのことでした。

モナコに当時カジノがあったのかどうかは知りませんが、もしあったとすれば、まさに「神はサイコロを振ったのか」ということになりますねぇww(あ、このセリフは量子力学の有名なセリフなんですが、何が面白かというと・・・)

(2)ゴルゴダの丘でハリツケになっていない?

改めて言いますが、ボクの立場は単にこの『キリストの墓』の掲示板などに書かれていたことを紹介しているだけで、「宗教的な主張ではないです」ということを明記いたしますよ。

その上で、ここで得た情報を述べますと「ゴルゴダの丘で磔になったのはイエスではなく、彼の弟イスキリだった」ということなのです。

「え、じゃあ、人類の身代わりとして磔になり、そして復活されたという聖書の文言はどうなるんだ!」って ことになるのですが、 先ほども書いたとおり、ボクは「新郷村の伝説」を書いているだけなのですよ。ボクの主張では決してありません。

新郷村の伝説によれば「磔を免れたイエスはシベリヤ経由でここ新郷村にたどり着き、この地で生活しこの地で亡くなった」ということになるようです。

(3)イエスの日本での名は「十来太郎 大天空」だった。

ま、これも新郷村にそう伝わっているということです。

(4)イエスは日本で「ユミ子」という女性との間に3人の娘をつくった。

これも「新郷村にそう伝わっている」ということであって、「神の子が女性と交わったと言うのか?」とか「そのイエスの血を引く子孫は今どうなっているんだ?」とか、そういう質問はしないでくださいませ・・。

(5)新郷村にはイエスのお祭りがある。

新郷村では毎年6月の第1日曜日に『ナニャドヤラ』というイエスを祭る行事が行われるとのことです。

このお祭りでは、イエスの墓を神主がお祓いし、浴衣を来たおばさん達が、お墓の回りを唄いながら踊って回るのだとか♪

その時の歌は「ナニャドヤラー・ナニャドナサレノ・ナヤドヤラー」ということなので、同業者の方は是非、覚えておきましょう。

(6)イエスは日本語で遺言を書いた。

以前は新郷村のサイトに遺書の写真が掲載されていたのですが、 残念ながら今は掲載されていないようです。

これらのことは、もともとは茨城県の磯原村(現在の北茨城市)にある皇祖皇大神宮の竹内家に 伝わる竹内古文書に書かれていたらしいですねぇ。

これらの真偽はまったく不明ですが、 ここで特筆すべきは“イエス・キリストの墓があるというだけで、 車で9時間もかけ冬の青森県まで行ってきたぞ”っていうことなのです♪ 偉いぞ、自分。

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4.次回は6月に行ってみたい

先に書いたように「ナニャドヤラの祭り」は、毎年6月の第一日曜日に行われるようです。

これは是非、見に行かねばなりませんよね。Youtubeなどで踊り方を見ることもできますので、しっかりと覚えて、現地で踊ってみたいものです♪

わざわざ9時間かけていくのですから、出かける際にはちゃんとお祭りや伝承館のスケジュールを確認してから行くべきですよ! 新郷村のサイト

伝承館の前にあった「顔ハメ」。恐らく、イエスとその妻ユミコ、そしてその子供、ということなのでしょう。しかし、ユミコとの間には「三人の娘」がいた、ということなのに、子供は一人しかいません。このあたりのツメノアマサが、逆にボクらを温かく迎え入れてくれる感じでグッドです♪