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●「義経伝説」源義経はここから蝦夷へと渡った


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1.白髪の翁が与えた三頭の龍馬

教科書的には「文治五年(1189年)、源頼朝の計らいで衣川の高館にて藤原泰衡に急襲された義経は、自ら館に火を放ち自刃した」という事になっていますが、「実は義経は生きていた」という伝説が数多く残っているわけです。

津軽地方をドライブしている際に「義経は自刃せず、この場所から蝦夷に渡った」という立て札を偶然見つけたので、それを紹介したいと思います。

それによればこの伝説は

■ かねてから藤原秀衡から「イザというときは、館に火を放ち自刃したと見せかけて蝦夷へ渡れ」と言われていた。

■ 義経は泰衡に急襲された際に、それに従い津軽まで逃れてきた。

■ しかし荒れ狂う津軽海峡を渡ることができない。

■ 義経は海岸の奇岩に登り、信仰する観世音を安置し三日三晩祈願すると、満潮の暁に白髪の翁が表れ「三頭の龍馬」を与え、これに乗り海を越えるようにと言われた。

■ 義経は「鏡のように静まっていた津軽海峡」をこの龍馬に乗り蝦夷へと渡った。

■ それ以来この奇岩は「厩石(まやいし)」、この地は「三馬屋(みうまや)」または「三厩(みんまや)」と呼ばれるようになった。

というストーリーになっているのです。

「源義経 渡道之地」と書かれています。

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2.これが厩石だ

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3.その名も「龍馬山 義経寺」!

「義経寺」は「よしつねでら」ではなく「ぎけいじ」と読むようです。しかしこのあたりは潔く(w)「よしつねでら」と読ませていただきたいですねぇ。

なんでもあの円空さんが、先に書いた「義経が祈った観世音像」を見つけ出し、このお寺に祀ってあるとのことです!

しかし円空さんは江戸時代の方ですからねぇ。いくらなんでも時代が離れすぎてはいないかななんて思うのですがいかがでしょうか。「500年前の木造が落ちているのを偶然発見した」ってことですよね? ま、円空さんになら、そういうことも起きるかもしれませんけど。

見上げるだけで「もう十分」と思ってしまうような坂道の上にあります。

「龍馬山」という山号がすごくカッコいいですねぇ。将棋の駒の「龍馬」の「龍」は、いわゆる「下がり龍」という崩し文字で書きますが、この「龍馬山」の「龍」は将棋の駒の「龍王」の「龍」と同じような「登り龍っぽい」の崩し文字です。

「なんのことか判らなん」という人は、将棋の駒の「龍馬」と「龍王」の「龍の字の形」をググって調べてみてください。ね、違うでしょ♪