一人旅ネタ&散歩ネタを紹介|けさらんぱさらん|

●谷端川の暗渠の出口を探る


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1.谷端川の全貌

池袋の西側を散歩している際に、結構長い区間の「いかにも暗渠だと解る路地」を見つけたことが、この暗渠に興味を持ったきっかけでした。

そこには「谷端川緑道散歩マップ」と書かれた看板があったので、「なるほどここは『谷端川』という川が流れていたんだなぁ」ということは一目で判ったので(当たり前♪)、帰宅後ググってみたわけです。

それによると『谷端川』は有楽町線の「千川駅」の近くにある「粟島神社」の「弁天池」が水源で、ここから西武池袋線の「椎名町」あたりへ向かい、そこから蛇行して有楽町線の「要町」を横切り先に述べた「谷端川緑道」へとつながり、そこから川越街道を超え東武東上線と並走し「下板橋」の近くを横切り、埼京線の「板橋駅」に向かい、駅の下をくぐったあたりから向きを南に変え、山手線の「大塚駅」を超えて小石川方面へと流れ、最終的には中央線「水道橋駅」近くで「神田川」へと流れ込んでいく川だったようです。

ま、これで谷端川の全貌は判ったのですが、やはり実際に歩いてみないとねぇ♪ 

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2.粟島神社から椎名町近辺まで

粟島神社の全貌。“池袋駅から環七の武蔵野病院近くに抜ける「要町通り」”の南側の路地の「千川駅」近くにあります。

粟島神社にある「弁天池」。いまでも水が湧き出ていますが、これが「谷端川」の源流なのだとか!

【東京時層地図(アプリ)】で過去の地図を調べると、どうやらこの道の下に「谷端川」が流れているらしいですねぇ。「要町通り」に並行して池袋方面にまずは一直線で進んでいますが、数百メートルで右に蛇行し、西武池袋線の「椎名町」方向へと向きを変えます。

上の写真の道から右折して進むと、かつて若き芸術家たちが生活していた「池袋モンパルナス」の跡地になります。写真は「つつじが丘アトリエ村跡」、いかにもゲージツ的な建物です。

※以前書いた「池袋モンパルナスを歩いた記事」も是非♪

かつての漫画家の聖地「ときわ荘」もこのあたりです。前述した【東京時層地図(アプリ)】で過去地図をみると、どうやらこの商店街「サンロード」が「谷端川」の暗渠になっているようです。

西武池袋線「椎名町駅」で線路を超えるとすぐに暗渠は左折します。この「蛇行具合」こそ暗渠の「証」ですよね♪

さらに暗渠は蛇行しながら住宅街を進みます。するとまた西武池袋線の線路に阻まれることに・・・。

なんとここは歩いては渡れませんねぇ。仕方がないので大きく迂回して向こう側へと渡ります。

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3.谷端川南緑道

西武池袋線の線路を超えると「立教大学エリア」になります。なんとかくブルジョワジー度が上がる感じですかねぇ。このあたりから「ここは暗渠なんだぜ」という主張が現れ、「谷端川南緑道」という名称までつけられています。

こういう「橋跡」が残っているのが嬉しいですねぇ。ようやく「暗渠を歩いているんだぜ」って確信が持てるようになりました!

「暗渠の近くに銭湯あり」というのは「暗渠ファン」にとっては常識でしょう。御多分に漏れずちゃんとありました♪

ここからはかなり奇麗に整備された暗渠になっています。暗渠の両端には小料理屋などもちらほらあり、ちょっと住んでみたくなる街並みですよねぇ。

ここから更に進むと「要町通り」を超え、さらに「川越街道」まで超えていきます。

「川越街道」を超えて大きく右折し東武東上線と並行して南に向かって走ることになります。

東武東上線「下板橋駅」のあたりで大きく左折し、踏み切路を超えていきます。

踏切を超えるとさらに大きく右折し、再び「あ、ここは暗渠だぞ」と判る道になります。この道が緩やかに蛇行しながら埼京線「板橋駅」へと向かうのです。

上に見えるのが埼京線「板橋駅」です。このトンネルの下に「谷端川」が流れている感じですねぇ。

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4.板橋・大塚・小石川・水道橋そして神田川へ

埼京線を超えると再び大きく右折し、さらに緩やかに蛇行しながら山手線「大塚駅」方面へと進みます。ここから先は【東京時層地図(アプリ)】で過去地図を見ない限り「ここが暗渠だ」という感じはほぼしなくなります。

山手線を超え「大塚駅」近辺の大きく蛇行した道が、なんとなく暗渠っぽくもないかも。

大塚駅を超えたあたりで、どこが暗渠なのか皆目わからなくなりましたが、「千川通り」という名前が残っているということは、ここがもともと川だったのかな?と思えなくもないですねぇ。

以前、小石川植物園を「タブノキ山」と称して「登山」したときに判ったのですが、小石川植物園の北側の「網干坂」の名前の由来は“この辺りは入江へとつながる川が走る漁業町だったから”ということなので、この「入江とつながる川」が「谷端川」だったのではないのかって、勝手に考えている次第です。

で、ダラダラと歩いているとようやく東京ドームが見えてきました。そのすぐ向こうが「神田川」。「谷端川」は「神田川」に合流することで終焉を迎えるのでした。

JR中央線・総武線「水道橋駅」あたりで「神田川」に流れ込んでいます。いまでも「なんとなく流れ込んでいるんじゃないのか」的な場所がここですが、いかがでしょう? 半日がかりの散策でした♪

「谷端川」が「神田川」に流れ込んでいると思われるあたりはかつて「市兵衛河岸」と呼ばれた、河川物流のための船着き場だったようです。てことはここから「谷端川」を使って板橋・池袋方面へも河川物流が延びていたのでしょうか? かつての東京の河川物流もいちどちゃんと調べてみたいですねぇ。