一人旅ネタ&散歩ネタを紹介|けさらんぱさらん|

●妙正寺川の源流を探索する


ライン

1.神田川に流れ込む謎の河口を発見

東京都を走る唯一の「路面電車」である「都電荒川線」(なんか「東京さくらトラム」なんていう調子こいた呼び方もあるようです♪)を散策していたときに、神田川で見つけたのが、上の「謎の合流地点」です。

もしや暗渠かと、早速、ボクの秘密兵器「東京時層地図」で、過去のこの辺りの地形を調べてみましたが、下の写真のようで、近くにはそれらしき川は見つかりませんでした。

こちらが現在の地図

こちらが明治初期の地図。神田川に流れ込む支流はこの時代にも存在していないようです。

しかしこの場所からちょっと西の方角に行ったあたりを見ると、明治時代から「妙正寺川」という川が流れていて、それが「神田上水」へと繋がっていることが判るではありませんか!

確かに神田川に繋がる川がある!

それらの事象から「以前は現在より西の方で神田川と交わっていた妙正寺川が、現在の治水工事などにより、この地点で交わるようになった」という結論を導いたのです。

現在でも、「かつて妙正寺川が神田上水と交わっていた辺りまでは、妙正寺川が存在している」こともわかり、そこからは暗渠になってこの「謎の合流地点」まで繋がっているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

「神田川の謎の合流地点」から西の方へ歩くと、こんな地形になっています。「妙正寺川」がここでポツンと消えているわけです。

そんなわけでこの「謎の合流地点」から「妙正寺川」の源流を目指して、2022年3月19日に川を遡ってきたというわけです。

ライン

2.暗渠を探りながら川を目指す

「謎の合流地点」近くにあった看板。この場所(高田橋)から「妙正寺川」の最終地点までは「高田馬場分水路」という暗渠が走っているようです。

「高田馬場分水路」は「新目白通り」の地下を流れているのでしょうか? このあたりが判る「地下水路の地図」ってないんですかねぇ?

ここが「妙正寺川」の終点。この奥はどのように繋がっているのだろう。。。

ひとつ前の写真の位置から川の上流方向を眺めた写真です。妙正寺川の源流を目指して、この川に沿って歩いていくわけです!

ライン

3.ただひたすら川をさかのぼる

西武新宿線と何度か交わりながら進んでいきます。

川底にはこんな感じで水草が! 有機物を多く含んだ都会の川ならではの繁り方ですねぇ。もうすっかり春の到来です。

川の近くにあった「第六天」を祀る祠。第六天とは「仏道修行を妨げる悪魔」のことで、覇王を目指した織田信長が信仰したことでも有名です。江戸時代以降はそこまでの「アウトサイダー的」な存在ではなく、厄除けや商売繁盛などの守り神のような感じのようです。

ところどころで桜の花を見かけました。

「居酒屋」と呼ぶより「一杯飲み屋」と呼んでみたいようなお店もありました。良い川岸です♪

新宿区立 落合公園の池です。ここも妙正寺川の水源の一つなんでしょう。

さらにどんどん遡っていきます。静かな住宅街って感じですね。

中野にある「哲学堂」へと川は入っていきます。ここはここでジックリ紹介したい場所なんですよねぇ♪

哲学堂内の「哲学者が並んでいる場所」の脇を川は流れていきます。哲学堂には「哲学者」だけじゃなくて「妖怪」もたくさん存在しているんですが、これはまた別の機会に!

このあたりはまだ桜が咲いていないんですよね。咲き始めるとすごく良い感じの川岸になりそうです。

かつて東京を二分する「江古田 沼袋の戦い」はまさにこの辺りで起きたのです。関連する探索を「コチラ」で紹介しています。

なんと「妙正寺川」に流れ込む「別の支流」を発見しました!

「別の支流」はこんな感じで街中に伸びて行っています。実はこの支流を探索するために、明日再びこの地を訪れました。

妙正寺川の本流をさらにさかのぼります。再び西武新宿線と交わります。

ぐにゃぐにゃ曲がった川というのもまた素敵ですよねぇ♪

実は何か所か、川岸を歩けない場所もありました。その都度、大きく迂回していくわけです。

大きく迂回して、再び川に出合えると、なんか嬉しい♪

鷺ノ宮駅のすぐ近くを流れています。私鉄沿線と川、という組み合わせもグッときます。

やはり川岸の花というのは良いもんです。同業者の方も写真を撮っていました。

ライン

4.遂に源流に出会う

いよいよ源流に近づいてきたようです。向こうに見える「緑の空間」の中に、きっと源流はあるはずです。

前の写真の近くで見つけたオブジェ。ボクの「源流発見」を前祝いしてくれているかのよう♪

この橋の先は「杉並区立 妙正寺公園」です。当然、この中に「源流」があるはず!

妙正寺公園の池。ここが「妙正寺川の源流」です!

池の中には「浮島」があります。かつては「弁財天」を祀った祠があったようです。水と言えば弁財天ですからねぇ、是非、復活してもらいたいです。

この「水が湧き出ている部分」が、「妙正寺川の源流の源流」なのでしょう。

11時30分ごろ「神田川への合流地点」を出発し、ここに到着したのが16時。かなり良い感じの散歩になりました。ここから30分ぐらい歩いて「井荻駅」まで行きそこから帰宅しました。

ライン

5.翌日、支流を探索する

で、翌日の20日、今度は新江古田駅まで電車で着てそこから昨日見つけた「江古田 沼袋の戦いの碑」近くの「妙正寺川へ流れ込む謎の支流」の場所まで歩き、そこから「謎の支流の源流」の調査に向かいました。

江古田地区のちょいと良い感じの住宅街を縫っていく謎の川。橋のたもとに「不動明王」が祀られていました。

昔はこういう行事が行われていたようです。やはり東京は「川とのつながりが深い街」なんですよね。

右に見える森っぽいのは「中野区立 江古田の森公園」です。この公園をグルっと回り込む形で川は進みます。この謎の川は「江古田川」と呼ばれていることはこのあたりで判明してきました♪

右に回り、

そして左に回る。

向こうに見える道路の下をくぐり、川は暗渠に入るようです。

ここからはずーっと暗渠です。ま、江古田川の源流はこの辺りということで良いんでしょうが、さらに歩いてみました。

暗渠らしい緑地公園が続き、環七を超え、さらになんとなく続いています。

ここから先は緑地公園自体がなくなるので、この「学田公園野球場」脇の木が茂っている場所を、「江古田川の源流」として、今回の調査は終了します。ここから歩いて「練馬駅」まで行き無事生還してきました。