ちゃんと標識もでているのです。それにしても「ピラミッド」まであるとは!
同業者には「常識」でしょうが、イエスの墓は青森県にあります♪ ボクは30代後半の頃、冬休みに訪れたのですが、 車を走らせ十和田湖まで来たタイミングで急に雪が降ってきて、 みるみるうちに積もってくるではありませんか!
チェーンはおろかノーマルタイヤで、しかも「車中泊で良いだろう」と、 宿も取っていませんでした。
マジで焦って、なんとか宿を確保して事なきを得たのですが、 あまりにも「冬の青森」をナメきっておりました。 心から反省しております。無事帰ってこれたのも、 すべてイエス様のお導きのおかげです。ありがとうございました。アーメン。
なぜ「イエス・キリストの墓」が新郷村にあるのか?
新約聖書においては、イエスが12歳から30歳までの間の記述がないらしいのです。(ルカ福音書に12歳の時の記述があり、次に記載があるのがマタイ福音書における30歳で洗礼を受ける場面)
新郷村に残る伝説ではこの「12歳から30歳までの間」に、 イエスは日本に来ていたらしいのです(イエスの最初の来日)。
新郷村のイエスの墓標によれば「日本に来られたのは垂仁天皇の時代で、日本海岸の橋立から上陸され、まずは越中に渡り修行をし、 メシアとしての能力を開花させイスラエルへと帰った」らしいのです。 (垂仁天皇は古墳時代:恐らく3世紀以降の天皇なので、時代的に合いそうもないのですが、そこはアレということで)
その後イエスは「モナコ経由でイスラエルに帰った」らしく、そこで二本での修行の成果を発揮して、聖書に残る数々の奇跡を起こしてきたらしいのです。
ゴルゴダの丘では磔にはならず(弟のイスキリが身代わりになったとのこと)、シベリヤ経由で新郷村に辿り着き、そこで日本の女性「ユミ子」との間に3人の娘をつくったとのことが、イエスの墓にある伝承館で説明されていました。
ま、そう説明がされていたというだけで、 真偽の程はよく分かりません。って言うか 「人類の罪を背負って磔になり、そして復活した」という、 新約聖書の最も重要なテーマはどうなるんだって感じなんですが・・・。
こちらかイスキリ様のお墓。背景に見えるのが伝承館です。
イエスの墓に隣接する「伝承館」には「イエスに関する資料」がたくさんあるらしいのですが、残念ながら冬季は閉館しており、見ることができませんでした。
新郷村では毎年6月の第1日曜日に『ナニャドヤラ』という イエスを祭る行事が行われるようです。 このお祭りでは、イエスの墓を神主がお祓いし、 浴衣を来たおばさん達が、 お墓の回りを唄いながら踊って回るのだとか♪
その時の歌は「ナニャドヤラー・ナニャドナサレノ・ナヤドヤラー」。 同業者の方は是非、覚えておきましょう♪
コカ・コーラががキリストの墓のスポンサーです。
恐らく「イエスとその妻ユミコ、そしてその子供の顔はめ」です。 新郷村の伝承では子供は三人いたはずなんですが・・・。
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