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●ならぬことなならぬものです「会津流ソースカツ丼」


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1.これが会津流の極意だ

日本には「複数のソースカツ丼」が存在しますが、それらは「必ずしも共通のルーツがあるわけではなく」、それぞれが「発祥地の土地柄」や「創作者の想い」に基づいた「独自のルーツを持っている」と、ボクは考えています。(詳しくは「ソースカツ丼のルーツは果たして一つなの? 」を参照ください)

今回紹介する「会津流ソースカツ丼」もまた「独自のルーツを持つ独立系ソースカツ丼」であり、その特徴としては「カツをソースで煮込む」「カツとご飯の間にキャベツを敷く」の二つが挙げられるのですが、この、一見なんてことない特徴にこそ、会津の歴史と土地柄とが現れているのですよ♪

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2.安達太良山の登山口で出会う

これが安達太良山。ロープウェイで昇り降りするだけならば、普段着でも楽しめる山です。

今回のソースカツ丼を食べたお店です。店先にある「国立 議員食堂」の看板が実に気になります♪

写真の「会津流ソースカツ丼」は、会津地方にある「安達太良山」という山の登山口近くのお店で食べたものです。写真でもなんとなく判ると思いますが、トンカツをいったんソースで煮込み、それを「キャベツを敷いた」ご飯の上に乗せた、かなりボリューム感のあるソースカツ丼なのです。

ちなみに、安達太良山はロープウェイがあり比較的登りやすく、しかも山腹の山小屋には「白濁の温泉」が湧いているという、実に素晴らしい山なのです。なのであまり詳しくは紹介したくありません♪

山頂から徒歩で下っていくと見えてくる山小屋。実に良い雰囲気なのです。

まさに「真っ白に濁った温泉」なのですよ!

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3.キャベツが重要

会津流ソースカツ丼の特徴の一つである「煮込む」ですが、どうらや会津地方では既に大正時代から「煮込みソースカツ丼」を食べていたようです。 もともと寒いこの地方ですから「煮込む」という調理方法は至極当然で、トンカツの食べ方として普通にこの調理法を採用したのでしょう。

で、重要なのは「キャベツを敷く」です。これには「朱子学」、そしてこの朱子学を広めた「保科正之」の存在が寄与していると、ボクは考えているのです。ちなみに、彼は高遠藩(長野県伊那市)の藩主だったのですが、後に会津若松二十三万石へ転封された方で、「熱心な朱子学の徒」として有名でした。

ここからはボクの勝手な持論ですが、「白黒キッチリ筋を通すことを美学とする朱子学」において「白ご飯は白いままで食べるべし」という考えがあったのではないでしょうか? つまり、ソースカツ丼のソースで「ご飯を汚してはならない」という感情があったのではと、ボクは思うのです。

ちなみにボクの父親は会津系であり、白いご飯はそのままで食べるべしという強い信念のある人でした(父親の実家は大部分そんな感じ)。なので、昨今はやりの「卵かけご飯」など、許さない考えの人であり、そんなこともあり「父親が家にいないとき」を見計らって、ここぞとばかり卵かけご飯を食べたものでしたよ。

そこから考えるに、保科正之により朱子学が栄えた会津では「ソースが染みこんだトンカツをそのまま白いご飯に乗せることには心理的にブレーキが働き、せめて白いご飯を汚さぬようにキャベツを間に挟んだ」と考えているのです。ちなみに、保科正之が会津に来る前に収めていた長野県伊那地方でも、はやり「ソースカツ丼においてはご飯とカツとの間にキャベツを挟む」という文化があるのです!

ま、こんなどうでも良いことを考えながらソースカツ丼を食べ歩くドライブが好きなんですよねぇ♪